和尚さんと小僧 楠山正雄 Guide 扉 本文 目 次 和尚さんと小僧      一  大そうけちんぼな和尚さんがありました。何かよそからもらっても、いつでも自分一人でばかり食べて、小僧には一つもくれませんでした。小僧はそれをくやしがって、いつかすきを見つけて、和尚さんから、おいしいものを召し上げてやろうと考えていました。  ある日和尚さんは檀家から、大そうおいしいあめをもらいました。和尚さんはそのあめをつぼの中に入れて、そっと仏壇の下にかくして、ないしょで独りでなめていました。  ところがある日、和尚さんは、用事があって外へ出て行きました。出て行きがけに、和尚さんは小僧にいいつけて、 「この仏壇の下のつぼには、だいじなものが入っている。見かけはあめのようだけれど、ほんとうは、一口でもなめたら、ころりとまいってしまうひどい毒薬だ。命が惜しいと思ったら、けっしてなめてはならないぞ。」  といい置いて、出て行きました。  和尚さんが出てしまうと、小僧はさっそくつぼを引きずり出して、残らずあめをなめてしまいました。それから和尚さんの大切にしている茶わんを、わざと真っ二つに割って、自分は布団をかぶって、うんうんうなりながら、いまにも死にかけているようなふりをしていました。  夕方になって、和尚さんが帰って来てみますと、中は真っ暗で、明りもついていませんでした。和尚さんはおこって、 「こらこら、小僧、何をしている。」  とどなりました。すると小僧は布団の中から、虫の鳴くような声を出して、 「和尚さん、ごめん下さい。わたしは死にます。もうとても助かりません。死んだあとは、かわいそうだと思って、お経の一つも読んで下さい。」  といいました。  和尚さんは、だしぬけに妙なことをいわれて、びっくりしました。 「小僧、小僧、いったいどうしたのだ。」 「きょう、和尚さんのたいじなお湯飲みを洗っていますと、いきなり猫がじゃれかかって来て、そのひょうしに手をすべらして、お湯飲みを落としてこわしてしまいました。もうこれは死んで申しわけをするよりほかはないと思って、つぼの中の毒薬を出して、残らず食べました。もう毒が体中に回って、間もなく死ぬでしょう。どうかかんにんして、お経だけ読んでやって下さい。ああ、苦しい、ああ、苦しい。」  といいながら、おいおい、おいおい、泣きました。      二  ある日、和尚さんは、御法事に呼ばれて行って、小僧が一人でお留守番をしていました。お経を読みながら、うとうと居眠りをしていますと、玄関で、 「ごめん下さい。」  と人の呼ぶ声がしました。小僧があわてて、目をこすりこすり、行ってみますと、お隣のおばあさんが、大きなふろしき包みを持って来て、 「おひがんでございますから、どうぞこれを和尚さんに上げて下さい。」  といって、置いて行きました。小僧はふろしき包みを持ち上げてみますと、中から温かそうな湯気が立って、ぷんとおいしそうな匂いがしました。小僧は、 「ははあ、おひがんでお団子をこしらえて持って来たのだな。これを和尚さんにこのまま渡してしまえば、どうせけちんぼで欲ばりの和尚さんのことだから、みんな自分で食べてしまって、一つもくれないにきまっている。よしよし、ちょうどいい、ねむけざましに食べてやれ。」  と、こう独り言をいいながら、ふろしき包みをほどくと、大きなお重箱にいっぱい、おいしそうなお団子がつまっていました。小僧はにこにこしながら、お団子をほおばって、もう一つ、もう一つと、食べるうちに、とうとうお重箱にいっぱいのお団子を、きれいに食べてしまいました。食べてしまって、小僧ははじめて気がついたように、 「ああ、しまった。和尚さんが帰って来たらどうしよう。」  と、困ってべそをかきました。するうち、ふと何か思いついたとみえて、いきなりお重箱をかかえて、本堂へ駆け出して行きました。そして御本尊の阿弥陀さまのお口のまわりに、重箱のふちにたまったあんこを、指でかきよせては、こてこてとぬりつけました。そして重箱を阿弥陀さまの前に置いて、部屋に帰って来て、知らん顔をしてお経を読んでいました。  しばらくすると、和尚さんは帰って来て、小僧に、 「留守にだれも来なかったか。」  とたずねました。 「お隣のおばあさんが、お重箱を持って来ました。おひがんだから和尚さんに上げて下さいといいました。」  と、小僧は答えました。 「その重箱はどこにある。」 「本堂の御本尊さまの前に上げて置きました。」 「うん、それはなかなか気が利いている。どれ、どれ。」  といいながら、和尚さんは本堂へ行ってみますと、なるほど重箱がうやうやしく、御本尊の前に上がっていましたが、あけてみると、中はきれいにからになっていました。 「これこれ、小僧。きさまが食べたのだな。」  と、和尚さんは大きな声でどなりつけました。すると小僧はすまして、のこのこやって来て、 「へええ、とんでもない、そんなことがあるものですか。」  といいながら、そこらをきょろきょろ見まわして、 「ああ、わかりました。御本尊の金仏さまが上がったのです。ほら、あのとおりお口のはたに、あんこがいっぱいついています。」  と、こういうと、和尚さんはそれを見て、 「なるほどあんこがついている。お行儀のわるい金仏さまもあればあったものだ。」  といいながら、おこって手に持っていた払子で、金仏さまの頭を一つくらわせました。すると「くわん、くわん。」と金仏さまは鳴りました。 「なに、くわんことがあるものか。」  と、またおこって二度つづけざまにたたきますと、また「くわん、くわん。」と鳴りました。  そこで和尚さんは、また小僧の方を振り返ってみて、 「それ見ろ、金仏さまはいくらたたいても、くわん、くわんというぞ。やはりきさまが食べたにちがいない。」  すると小僧は困った顔をして、 「たたいたぐらいでは白状しませんよ。釜うでにしておやんなさい。」  といいました。そこで大きなお釜にいっぱいお湯を沸かして、金仏さまをほうり込みました。すると間もなく、お湯がぐらぐらにたぎってきて、 「くった、くった、くった。」  といいました。 「そらごらんなさい、和尚さん。とうとう白状しましたよ。」  と、小僧さんはとくいらしくいいました。 底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社    1983(昭和58)年4月10日第1刷発行 入力:鈴木厚司 校正:大久保ゆう 2003年8月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。