書簡 大杉栄宛
(一九一六年六月六日)
伊藤野枝



宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館
発信地 千葉県夷隅郡御宿 上野屋旅館



 雑誌ありがたう御座いました。今皆よんで見ました。昨日からの不快が少し減じました。この位方々でやつつけられゝばいゝ気持になります。まけをしみでなく、あんまり皆がいい気になつてゐる馬鹿さ加減がをかしくなつて来ますもの、よくも〳〵口をそろへて下らないことを云つたものですね、すつかり痛快になつてしまひます。随分私は憎まれ者ですね。恋をすれば何時も石を投げられるにはきまつてゐますがね、少し烈しすぎますね、あなたに余程可愛がつて頂かないぢやこのうめ合せはつきませんよ、本当にあんまり可愛相ぢやありませんか、でも、私黙つてゐればよかつたと思ひます。あんなものなんか書かずにゐて、これから先に、ほんたうのことが分つた時に、皆を片つぱしから言ひまくつてやればよかつたと思ひますよ。

 今頃は原稿が届いたでせうね、孤月には少し遠慮してやりましたが、あんなことを言つてゐる人だと知つたら、あのくだらなさ加減をもつとありのまゝにさらしてやればよかつたと思ひます。本当に馬鹿ですね。

 もう何かゞすつかりきまつてしまひましたから、一日も早く東京に帰りたいと思ひます。どうかして十日位までにはたちたいと思ひます。何処にもゆくところもないし、することもなく一人で退屈してしまひます。昨日からまた本をよみました。女の世界の原稿も半分は書けましたけれど、まだ皆迄書き終りません。それから大阪の方の原稿を、お送り下さるに菊池氏の宛名にして下さい。今朝電話をかけにゆかうと思ひましたけれど、お金がないからよしました。お留守だとつまらないから。

 よつちやんが、昨夜身うけされて行つてしまひましたよ。あさえさんも行くさうです。こそちやん一人になりました。大阪からは早く来るやうにと幾度もさいそくがきます。でも今度ゆけばまたしばらくあなたに会へないのですね、それを考へると、いやになつてしまひます。

 今度東京にかへりましたら、米峰べいほうのところへと、西川夫人の処へ二人でゆきませんか、山田先生のところへも一寸ちょっとからかひに行きたい気がします。お八重さんのところへも。とき〴〵かう云ふふざけたことを考へてはひとりでよろこんでゐるのですよ、罪がないでせう。

 今度かへつたら本当にまた長く別れてゐなければならないのですから、恩にきせたりなんかしないで私のおつき合ひをして下さいね。お仕事にさしつかへがあれば、此処に迎ひに来て下さる日までお仕事をなすつてもいゝでせう。どうせ直き、お目に懸れるのですから、一日や二日位はがまんします。この四五日少し私は馬鹿になつてゐるやうです。頭がぼんやりしてフラ〳〵してゐます。私がかへるまでに、あなたのお仕事が沢山進みますやうに、お願ひいたします。書いても書かなくともいゝやうなことばかり書きますね、いやになつてしまふでせう。それでも、ね、こんな事でも書かずにはゐられない気持を買つて下さいな、あなたにはそんな馬鹿げたことは出来ませんか、出来なければ仕方がありませんけれど。

 だらしのない手紙ばかりね、もう止しますわ、

はいちやい
のえ
六月六日
大杉さま
[『女性改造』第二巻第一一号、一九二三年一一月号]

底本:「定本 伊藤野枝全集 第二巻 評論・随筆・書簡1──『青鞜』の時代」學藝書林

   2000(平成12)年531日初版発行

底本の親本:「女性改造 第二巻第一一号」

   1923(大正13)年111

初出:「女性改造 第二巻第一一号」

   1923(大正13)年111

※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。

入力:酒井裕二

校正:雪森

2015年1213日作成

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