紫色の感情にて
萩原朔太郎


ああその燃えあがる熱を感じてゐる

この熱の皮膚を

しばしば貴女にささげる憂鬱の情熱を

ただ可愛ゆきひとつの菫の花を

貴女の白く柔らかな肌に押しあてたまへ

ここにはまた物言はぬ憂愁の浪

紫をもて染めぬいた夢の草原

ああ耐へがたい病熱の戀びとよ


戀びとよ

今日の日もはや暮れるとき

私は貴女の家を音づれその黒い扉の影に接吻しよう

しほしほと泣く心の奧深く

貴女はその惠をたれ

慈愛をもて久遠の道を聽かせ給ふか

貴女は尊き婦人 私の聖母

苦しき苦しき愛憐の祈りをきく人


この可愛ゆきひとつの菫の花を

ただ微かに貴女はほほ笑み

貴女は微かにかぐ 恐ろしい絶望の底の神祕を

人間の虚無の苦惱を 貴女は一人知る

貴女は一人知る

ああ この暗い紫の色の感情を

紫の色の、げに吐息深き私の病熱の戀びとよ。貴女は。

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版第1刷発行

   1986(昭和62)年1210日補訂版第1刷発行

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年625日作成

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