孝子實傳
──室生犀星に──
萩原朔太郎



ちちのみの父を負ふもの、

ひとのみの肉と骨とを負ふもの、

ああ、なんぢの精氣をもて、

この師走中旬なかばを超え、

ゆくゆく靈魚を獲んとはするか、

みよ水底にひそめるものら、

その瞳はひらかれ、

そのいろこは凍り、

しきりに靈徳の孝子を待てるにより、

きみはゆくゆく涙をながし、

そのあつき氷を蹈み、

そのあつき氷を喰み、

そのあつき氷をやぶらんとして、

いたみ切齒はがみなし、

ゆくゆくちちのみの骨を負へるもの、

光る銀緑の魚を抱きて合掌し、

夜あけんとする故郷に、

あらゆるものを血まみれとする。

──十一月作──

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版第1刷発行

   1986(昭和62)年1210日補訂版第1刷発行

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年625日作成

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