受難日
萩原朔太郎



受難の日はいたる

主は遠き水上みなかみにありて

氷のうへよりあまた光る十字すべらせ

女はみな街路に裸形となり

その素肌は黄金の林立する柱と化せり。

見よやわが十指は晶結し

背にくりいむは瀧とながるるごとし

しきりに掌をもつて金屬の女を研ぎ

胴體をもつてちひさなる十字を追へば

樹木はいつさいに𢌞轉し

都は左にはげしく傾倒す。

ああ十字疾行する街路のうへ

そのするどさに日輪もさけびくるめき

群集をこえて落しきたるを感じ

いのり齒をくひしめ

受難の日のひくれがた

われつひに蛇のごとくなりて絶息す。

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版第1刷発行

   1986(昭和62)年1210日補訂版第1刷発行

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年625日作成

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