君が家
萩原朔太郎



ああ戀人の家なれば

幾度そこを行ききずり

空しくかへるたそがれの

雲つれなきを恨みんや


水は流れて南する

ゆかしき庭にそそげども

たが放ちたる花中の

艶なる戀もしらでやは


垣間み見ゆるほほづきの

赤きを人の脣に

情なくふくむ日もあらば

悲しき子等はいかにせん


例へば森にからすなき

朝ざむ告ぐる冬の日も

さびしき興にことよせて

行く子ありとは知るやしらずや


ああ空しくて往來いききずり

狂者きやうさに似たるふりは知るも

からたちの垣深うして

君がうれひのとどきあへず。

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版第1刷発行

   1986(昭和62)年1210日補訂版第1刷発行

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年625日作成

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