俳句
萩原朔太郎



   ○


五月幟立つ家家の向うは海


   ○


暮鳥忌

磯濱の煙わびしき年のくれ


笹鳴


笹鳴の日かげをくぐる庭の隅


笹鳴や日脚のおそき縁の先


   ○


天城ごえ伊豆に入る日や遲櫻


青梅に言葉すくなき別れ哉


   ○


青梅あをうめに言葉すくなき別れかな


   ○


冬日くれぬ思ひおこせや牡蠣の塚


   ○


我が心また新しく泣かんとす

冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣


   ○


ブラジルに珈琲植ゑむ秋の風


枯菊や日日にさめゆくいきどほり


   ○


プラタヌの葉は散りはてぬ靴磨き


冬さるる畠に乾ける靴の泥


   ○


虹立つや人馬にぎはふ空の上


   ○


人間に火星近づく暑さかな


秋さびし皿みなわれて納屋の隅


枯菊や日日に醒めゆく憤り


虹たつや人馬にぎはふ空の上


『遺稿』より


我が齡すでに知命を過ぎぬ

枯菊や日日にさめゆく憤り

若き日の希望のぞみすべて皆空しくなりぬ

秋さびし皿みな割れて納屋の隅

嗚呼すでに衰へ、わが心また新しく泣かむとす

冬日くれぬ思ひ起せや岩に牡蠣かき

故郷に歸れる日、利根の河原をひとり歩きて

磊落と河原を行けば草雲雀

わが幻想の都市は空にあり

虹立つや人馬賑ふ空の上

隱遁の情止みがたく、芭蕉を思ふこと切なり

藪蔭や蔦もからまぬ唐辛子

晩秋の日、湘南の或る侘しき海水浴場にて

コスモスや海少し見ゆる邸道

底本:「萩原朔太郎全集 第三卷」筑摩書房

   1977(昭和52)年530日初版1刷発行

   1986(昭和61)年1210日補訂版1刷発行

※底本の解題によれば、この作品には、「驢馬」「句帖」などに挿入して発表されたものなどが収められています。

入力:kompass

校正:小林繁雄

2011年65日作成

2018年1017日修正

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