〔ひとひははかなくことばをくだし〕
宮沢賢治


ひとひははかなくことばをくだし

ゆふべはいづちの組合にても

一車を送らんすべなどおもふ

さこそはこゝろのうらぶれぬると

たそがれさびしく車窓によれば

外の面は磐井の沖積層を

草火のけむりぞ青みてながる


屈撓余りに大なるときは

挫折の域にも至りぬべきを

いままた怪しくせなうち熱り

胸さへ痛むはかつての病

ふたゝび来しやとひそかに経れば

芽ばえぬ柳と残りの雪の

なかばはいとしくなかばはかなし

あるいは二列の波ともおぼえ

さらには二列の雲とも見ゆる

山なみへだてしかしこの峡に

なほかもモートルとゞろにひゞき

はがねのもろ歯の石噛むま下

そこにてひとびとあしたのごとく

けじろき石粉をうち浴ぶらんを


あしたはいづこの店にも行きて

一車をすゝめんすべをしおもふ

かはたれはかなく車窓によれば

野の面かしこははや霧なく

雲のみ平らに山地に垂るゝ

底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房

   1980(昭和55)年215日初版第1刷発行

※〔〕付きの表題は、底本編集時におぎなわれたものです。

入力:junk

校正:土屋隆

2011年514日作成

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