〔鉛のいろの冬海の〕
宮沢賢治


鉛のいろの冬海の

荒き渚のあけがたを

家長は白きもんぱして

こらをはげまし急ぎくる


ひとりのうなゐ黄の巾を

うちかづけるが足いたみ

やゝにおくるゝそのさまを

をとめは立ちて迎へゐる


    南はるかに亙りつゝ

    氷霧にけぶる丘丘は

    こぞはひでりのうちつゞき

    たえて稔りのなかりしを


日はなほ東海ばらや

黒棚雲の下にして

褐砂に凍てし船の列

いまだに夜をゆめむらし


鉛のいろの冬海の

なぎさに子らをはげまして

いそげる父の何やらん

面にはてなきうれひあり


あゝかのうれひけふにして

晴れなんものにありもせば

ことなきつねのまどゐして

こよひぞたのしからましを

底本:「新修宮沢賢治全集 第六巻」筑摩書房

   1980(昭和55)年215日初版第1刷発行

※〔〕付きの表題は、底本編集時におぎなわれたものです。

入力:junk

校正:土屋隆

2011年514日作成

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