北と南に憧がれる心
小川未明



 常に其の心は、南と北に憧がれる。

 陰惨なペトログラードや、モスクワオの生活をするものは、南露西亜ロシアの自然と生活をどんなに慕うだろう。また、囚人の行くシベリヤをどんなに眼に描くだろう。彼等は憧がれなしには生きられない人々である。

 小露地方や、北コーカサスの自然は、詩趣に富んで、自由な気が彼等の村落生活に行きわたっていることは、トルストイ、ゴリキイ、其他の作家の作品に描かれている。フィンランドは、世界中で、一番生活のしよい処だということであった。而して陰惨なペトログラードの生活はドストエフスキイ、アルツィバシェフ其他の作家によって覗われる。

 シベリヤの自然と生活は、殊に囚人の生活の惨憺たるものであることは、ドストエフスキイの作を読んだものはすべて知るところであろう。其れに憧がれる、理想主義者の心持を面白く思うと同時に、またお伽噺とぎばなしの中にあるような黒海沿岸を慕う心持に於て、いつもたまらない人間性の面白味を独り露西亜文学に感ずる。

底本:「芸術は生動す」国文社

   1982(昭和57)年330日初版第1刷発行

底本の親本:「生活の火」精華書院

   1922(大正11)年710日初版

入力:Nana ohbe

校正:仙酔ゑびす

2011年1130日作成

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