お母さんのお乳
小川未明



 あかちゃんは、おかあさんのおちちにすがりついて、うまそうに、のんでいました。

 それをさもうらやましそうにして、五つになったおにいさんと、七つになったおねえさんとがながめていました。

 にいさんは、ついに我慢がまんがしきれなくなったとみえて、おかあさんのおちちに、ちいさなをかけようとしました。すると、あかちゃんは、かおにして、かわいらしいあたまをふって、さわってはいけないといっておこりました。

「よし、よし、おにいさん、おっぱいにさわってはいけませんよ。これは、あかちゃんのおちちですから。」と、おかあさんは、わらいながらいわれました。

 おねえさんも、またおにいさんも、わらいましたが、おにいさんは、なんとなくさびしそうでした。そして、おかあさんにかって、

「おかあさん、あかちゃんは、いじわるですねえ。」といいました。

ぼうやも、あかちゃんの時分じぶんは、やはりおなじだったのだよ。」

「おかあさん、ぼくもこんなに、いじわるだったの?」

あかちゃんがまれるまでは、ぼうやが、毎日まいにちこうして、かあさんのおっぱいにぶらさがっていたの。そしておねえちゃんがそうものなら、やはり、こうしてかおにしておこったの……。このおちちのまわりには、みんなのくちびるあとが、かずかぎりなくついているのです。」と、おかあさんはいわれました。

 このおはなしくと、おねえさんも、そうであったかというように、かわいらしいかがやかしました。

 しかし、おねえさんも、おにいさんも、そんなにして毎日まいにちんだ、おちちあじわすれてしまって、ただおちちるとこいしいばかり。あかちゃんだけが、おちちあじっていました。

底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社

   1977(昭和52)年310日第1刷発行

※表題は底本では、「おかあさんのおちち」となっています。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:雪森

2013年54日作成

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