小さなねじ
小川未明



 おじいさんは、あさきると、火鉢ひばちたりながら、もうそのころ配達はいたつされている新聞しんぶんをごらんになっています。これは、毎朝まいあさのことでありました。

 今日きょうも、はやきて火鉢ひばちまえにすわっていられました。そとではうぐいすのこえがしていました。

「だいぶはるらしくなったな。このぶんでは、もうじきにさくらはなくだろう。」と、ひとごとをしながら、眼鏡めがねをかけなおして、新聞しんぶんをひろげていられました。おじいさんは、おとしのせいで、眼鏡めがねがなくては、すこしも新聞しんぶんがおめになれないのでありました。そのうちに、おじいさんは、きゅうにあわてて、眼鏡めがねをはずして、であたりをなでまわしながら、なにかさがしていられました。

「おじいさん、どうなさったのですか?」と、正二しょうじのおかあさんが、これをて、おききなさいました。

「いや、眼鏡めがねのねじが、どこへかとんでしまってな。」と、おじいさんは、おっしゃいました。

「ありませんか。」と、おかあさんは、すぐにそばへきて、いっしょになって、さがしなさいました。

「なにしろ、ちいさいものだから、ちょっとわからないだろう。」と、おじいさんは、片方かたほうのつるがはずれて、かけられなくなった眼鏡めがねちながら、こまったかおつきをしていられました。

「どうして、とびましたでしょうね。」

「こうして、毎日まいにち幾度いくどとなくかけたり、はずしたりするからゆるんだにちがいない。いまに正坊しょうぼうきてきたら、さがしてもらいましょう。」と、おじいさんは、それまで新聞しんぶんることをあきらめなさいました。おかあさんも、しばらく、火鉢ひばちのまわりや、たたみのすきまなどをてさがしていられましたが、とうとうつかりませんでした。

火鉢ひばちなかちたのではないでしょうか?」

「いや、火鉢ひばちなかへははいらないとおもうよ。ころころところがったおとがしたから。」と、おじいさんは、またのまわりをおさがしになっていました。

しょうちゃん、はやくいらっしゃい。」と、おかあさんは、かおあらっていた、正二しょうじくんをおびになりました。正二しょうじくんは、家内かないじゅうでいちばんだれよりもがよかったからです。正二しょうじくんは、さっそくきました。

「どうしたの。」

「おじいさんの眼鏡めがねのねじが、どこかへとんだから、よくさがしておあげなさい。」と、おかあさんが、いわれました。

「どんなねじなの、おじいさん。」

 正二しょうじくんは、おじいさんのっていられた眼鏡めがね自分じぶんって、片方かたほうについているねじをました。それは、ちいさな、たいらなあたまみぞのついているものでした。

しろく、ひかっているのだね、じゃ、わかるだろう。」

 それから、正二しょうじくんは、熱心ねっしんにへやのすみずみまでさがしたのでありました。しかし、やはりつかりませんでした。

「どこへいったろう。おかしいな。」と、正二しょうじくんは、いくらさがしてもつからないねじを不思議ふしぎがりました。

「これほどさがしてもなければいい。」と、おじいさんは、いわれました。

「ほんとうに、おかしいですね。とんだものなら、どこかにありそうなものですのに。」と、おかあさんが、いわれました。

「ないはずはないんだがな。」と、正二しょうじくんも、だいぶさがしあぐんだかたちです。

「こんなちいさなねじでも、ないと眼鏡めがねやくにたたぬ。使つかっているものは、平常へいぜいそんなことをかんがえぬが。」と、おじいさんは、わらわれました。

「ねじ一つのちからも、おおきいものでございますね。」

「ほんとうに、そうだよ。」

「たいていは、眼鏡めがねたまや、ふちにばかりられて、のつかないねじのことなどをかんがえるものはありませんが……。」と、おかあさんが、いわれました。

「だから、こうして、ときどきなくなると、その必要ひつようがわかって、いいことかもしれぬ。」

「おじいさん、ねじは、どこかへはいって、みんなが自分じぶんをさがして、大騒おおさわぎをしているのをわらっているでしょうね。」と、正二しょうじくんが、いいました。

「ははは、そうかもしれない。」と、おじいさんが、おわらいになりました。

「ねじ、ねじ、つかれよ。」と、正二しょうじくんはまた、さがしていました。もし、このとき、ねじがつかったら、みんなは、どんなにかよろこんだでしょう。そして、こののち、そのねじをたいせつにしたでしょう。しかし、ねじは、あくまですねて、どこかにかくれて、姿すがたせませんでした。おじいさんは、支度したくをなさって、眼鏡屋めがねやへいかれました。ちょうどまにあうねじがあってくれればいいがと、おもっていられたのです。ところが、眼鏡屋めがねや職人しょくにんは、

「ああ、ねじがはずれたのですか、ゆるむとよくとれましてね。」といって、たくさんねじのはいっているはこしてきました。そして、造作ぞうさなく一つをピンセットでつまげると、眼鏡めがねあなにはめて、ねじまわしで、くるくるとまわしました。それから、つるのろし具合ぐあいをよくしらべてから、

「はい、これでいかがですか。」といって、しました。

「おお、もうなおりましたか。」と、おじいさんはこんなにすぐなおるものなら、あんなにさがすことはなかった。またばんから新聞しんぶん不自由ふじゆうなくめるとおもい、それをたのしみながら、いえかえられたのであります。

 翌日よくじつ、おそうじのときに、おかあさんは、ほこりにまじって、ごみりのうちにひかったものをつけました。よくると、それは、みんなで大騒おおさわぎをしてさがした、おじいさんの眼鏡めがねのねじでありました。

「おじいさん。ねじがありましたよ。」と、おかあさんが、いわれると、

「いまごろ、てきても、もうそんなものはいらないから、てておしまいなさい。」と、おじいさんは、こたえられました。まったく、使つかみちのないものは、ほこりとおなじであるから、あるときは、大事だいじがられたねじも、ほこりといっしょにどこへかはきてられてしまったのであります。

底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社

   1977(昭和52)年1110日第1刷発行

   1983(昭和58)年119日第5刷発行

底本の親本:「僕はこれからだ」フタバ書院成光館

   1942(昭和17)年11

初出:「台湾日日新報 夕刊」

   1941(昭和16)年66日、7日

※表題は底本では、「ちいさなねじ」となっています。

※初出時の表題は「小さなネヂ」です。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:酒井裕二

2019年1028日作成

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