中原中也



蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる

蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!

うつらうつらと僕はする

……風もある……

松林を透いて空が見える

うつらうつらと僕はする。


『いいや、さうぢやない、さうぢやない!』と彼が云ふ

『ちがつてゐるよ』と僕がいふ

『いいや、いいや!』と彼が云ふ

『ちがつてゐるよ』と僕が云ふ

と、目が覚める、と、彼はもうとつくに死んだやつなんだ

それから彼の永眠してゐる、墓場のことなぞ目に浮ぶ……


それは中国のとある田舎ゐなかの、水無河原みづなしがはらといふ

雨の日のほか水のない

伝説付の川のほとり、

藪蔭の砂土帯の小さな墓場、

──そこにも蝉は鳴いてゐるだろ

チラチラ夕陽も射してゐるだろ……


蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる

蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!


僕の怠惰? 僕は『怠惰』か?

僕は僕を何とも思はぬ!


蝉が鳴いてゐる、蝉が鳴いてゐる

蝉が鳴いてゐるほかなんにもない!

(一九三三・八・一四)

底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店

   1968(昭和43)年1210日改版初版発行

   1973(昭和48)年830日改版13版発行

※誤植を疑った箇所を、「中原中也詩集」角川文庫、角川書店、1995(平成7)年530日改版54版発行の表記にそって、あらためました。

入力:ゆうき

校正:木浦

2013年123日作成

2018年1227日修正

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