今昔物語
大江匡衡が歌をよむ話
和田萬吉



 むかし、式部大輔しきぶのたゆう大江匡衡おほえのまさひらといふひとがありました。まだ大學だいがく學生がくしようであつたときのことであります。このひとすぐれた才子さいしでありましたが形恰好なりかつこうすこへんで、せいたかかたて、見苦みぐるしかつたので、人々ひと〴〵わらつてゐました。あるとき宮中きゆうちゆう女官じよかんたちがこの匡衡まさひら嘲弄ちようろうしようとたくんで、和琴わごん日本につぽんこと支那しなことたいしていふ)をして、

「あなたは、なんでもつておいでなされるといふことであるから、これをおきになるでせう。一ついてかせてください」

 といひました。匡衡まさひらは、それには返事へんじをしないで、

逢坂あふさかせきのあなたもまだねば

    あづまのこともられざりけり

 といふうたみました。女官じよかんたちは、その返歌へんか出來できなかつたので、わらつていやがらせることもならず、だまつて一人ひとりち、二人ふたりちして、みなおくげてしまひました。

 この匡衡まさひら漢文かんぶんや、ほう至極しごく名人めいじんであつたが、そのうへうたもこのとほり、うまくんだとかたつたへたそうです。

底本:「竹取物語・今昔物語・謠曲物語 No.33」復刻版日本兒童文庫、名著普及会

   1981(昭和56)年820日発行

底本の親本:「竹取物語・今昔物語・謠曲物語」日本兒童文庫、アルス

   1928(昭和3)年35日発行

入力:しだひろし

校正:noriko saito

2011年43日作成

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