異性に対する感覚を洗練せよ
岡本かの子



 現代の女性の感覚は色調とか形式美とか音とかにいていちじるしく発達して来た。あらゆる新流行に対して、その深い原理性を丹念に研究しなくとも直截ちょくせつに感覚からしての適応性優秀性を意識出来でき敏感びんかんさを目立って発達させて来た。これは新発明とか、創造とかにはあるいは適さぬ性質かも知れない。何故なぜと言えば、余り深く一処ひとところ一物いちもつに執着して研鑽けんさんを積むという性質ではないからである。しかし、流行の吸収に最も適した性質であり、たくみ模倣もほうを容易ならしめる特質である。

 くして現代の一般女性たちは、内外特殊の研究家の創造発表するものを容易に採り上げて自由に利用するであろう。それだけでも昔の日本女性より、ずっと進歩していると言える。物の判断においても感覚を広く鋭くする事によって充分に正確に処断しょだんする事が出来るものであり、また実際現代の女性たちは意識無意識にかかわらず、彼女等の感覚によって大過たいかなく日常を処置しょちしているようである。

 したがって彼女をしてその特長の新感覚に広くみがきをかけさせたく思う。色調、形式美、音等に対する感覚ばかりでなく対人的、ことに異性に対する感覚をもっと洗練させい。

 この点、まだ現代の女性はイージーでセンチで安価あんか妥協だきょうをしてしまうのが多い。異性に対し、もっと高貴こうきたしか潔癖けっぺきを持ってもらい度い。潔癖のない女ほど下等で堕落だらくやすいものはない。潔癖を持つ事は時に孤独こどくさみしさが身をむ事もあるが、つねに、もののイージーな部分にまみれないではっきりとして客観的にものを観察出来て、結局ロング・ランには正当に自己を処理しょりさせるに違いない。私は現代女性の処世法しょせいほうを、感覚の洗練からこうじようとする態度が最も現代的だと信じている。

底本:「愛よ、愛」パサージュ叢書、メタローグ

   1999(平成11)年58日第1刷発行

底本の親本:「岡本かの子全集 第十二卷」冬樹社

   1976(昭和51)年920日初版第1刷発行

※表題は底本では、「異性に対する感覚を洗練せんれんせよ」となっています。

入力:門田裕志

校正:土屋隆

2004年330日作成

2013年105日修正

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