「時・処・人」まへがき
岸田國士



 これは随筆集といふよりも、寧ろ雑文集である。私はこの十年間、ほとんど随筆的心境といへるやうな心境を味つたことはなかつた。もとより文人墨客趣味などはないところへもつて来て、時代が時代と来てゐるので、周囲を見る眼が絶えず血走りがちである。たまたま随筆風な題を与へられても、すぐに、それにからんで日頃の鬱憤を晴らさうといふ気になる。誠にわれながら大人げない次第だと思ふ。

 いくぶん調子を和らげるために、一度前の選集に入れたものを少し加へてみたが、それでも、全体を纏めて読み返してみると、一種十八世紀的臭味が鼻をつくのである。これはどうもしかたがない。せめてそこを面白いとしてくれるものが今の世の中にあれば、それだけで私は本望なのである。

  一九三六年十月

著者

底本:「岸田國士全集28」岩波書店

   1992(平成4)年617日発行

底本の親本:「時・処・人」人文書院

   1936(昭和11)年1115日発行

初出:「時・処・人」人文書院

   1936(昭和11)年1115日発行

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2011年219日作成

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