横光君の文学
岸田國士


 横光君は疑ひもなく天才的な作家である。しかも自分の非凡さがどこにあるかを知らうとせず、そのために屡々自ら傷き、おそらく傷いたことすら意に介しなかつた異例ともいふべき作家の一人である。彼のうちの非凡と凡庸とは、他の如何なる作家の場合よりも激しく対立し、奇怪に結びつき、時として、感受性と語彙とが、抒情と観念とが、好奇心と主題とすらが相叛き、相応じ、混沌と閃光とを交錯せしめた。それが痛ましく華やかな、素朴でありながら手のこんだ陰翳で示される彼のユニツクな文体なのである。彼が作家たることの自覚と宿命とをそこにみる以上、これは彼にとつて必然にして唯一の道であり、こゝにこそ、また、人間としての厳しさと脆さの形づくる独特の魅力を体温として感ぜしめ得るのであつて、わたくしは、これ以上、作家としての才能を賭けた裸身の離れ業はないやうに思ふ。全作品を通じてみられる空に張りつめた一つの精神の姿態を、ともあれ、かくまでに何人も問題とせざるを得ぬ理由はそこにあるのである。

底本:「岸田國士全集27」岩波書店

   1991(平成3)年129日発行

底本の親本:「横光利一全集 内容見本」改造社

初出:「横光利一全集 内容見本」改造社

入力:tatsuki

校正:門田裕志

2010年71日作成

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