小山祐士君の『瀬戸内海の子供ら』
岸田國士



 小山君の戯曲家としての成長は、その階梯が極めて劃然とし、『翻るリボン』から、『十二月』、それからこの『瀬戸内海の子供ら』に至る最近の三作を通じて、見事な飛躍をなし、遂に、同君の今日の境地に於て、恐らく完璧ともいふべき表現に到達し得たといふことは、芸術修業の道にあるものが、等しく羨望に堪へぬところである。如何なる好条件に恵まれてゐるにもせよ、会社勤めの傍ら、この大作にじつくりと取組んだ同君の意気は、今日のわが戯曲壇に多くの教訓を垂れるであらうと思ふが、それよりも、彼が、一切の理論と風潮に拘はらず、その「身についた文学」を徐々に築き上げ、戯曲に於て、「詩」と「散文」の交錯する一点を確実につかみ得た結果であらう。

 小山君の、時としては自らこれに酔ふ如きかの音楽的幻想は、次第に現実の肉体によつて置き代へられつつあるが、その観察は、常に新鮮であると同時に、またややもすれば装飾的である。主題の流れに添ふものとしては、切り捨てるべき部分がなくもない。ただ、作者ならずとも、これは惜しいのである。

 舞台ではそれゆゑ、刻々の幻象イメエジを、精密に、完全に生かし出さなければ、自然空隙が目立つか、平板に陥り易いといふことになる。

 俳優の努力もひとしほであるし、見物の心構へも亦これに相応したものであつてほしい。

 要するに、小山君は、瀬戸内海が生んだ現代有数の詩人であり、この戯曲は、新劇史上、記念すべき代表的作品の一つたることを、私は敢へて信じるものである。(一九三五・四)

底本:「岸田國士全集22」岩波書店

   1990(平成2)年108日発行

底本の親本:「現代演劇論」白水社

   1936(昭和11)年1120日発行

初出:「築地座 第二十八号」

   1935(昭和10)年426日発行

※初出時の題は「瀬戸内海の詩人」。

入力:tatsuki

校正:門田裕志

2009年95日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。