独断三幅対
岸田國士



     二 めい〳〵の表現


 傑れた戯曲が出ない。新しい俳優が出ない。適当な劇場がない。日本現代劇の不振を嘆ずるものゝきまり文句である。

 日本人の現代生活には、最も「戯曲的雰囲気」が欠けてゐる。このことに誰か気がついてゐるか。

 かういふと、いろいろな劇的事件を呼び起して、そんなことはないといふに違ひない。

 僕が、こゝで「戯曲的雰囲気」と云ふのは、実生活が「めいめいの表現」によつて形造られ、彩られ、そこから、「生命の韻律的な響き」が伝へられることを指すのである。

 ものゝ考へ方、感じ方、従つてその発表し方に、めいめいの特色があり、工夫があり、命があり、而も、その各が統一と調和とを保つてゐるといふことである。


「御座なり」と「口上」と「紋切型」が、実生活の一部からでも排除された時に、そこに「戯曲的雰囲気」が生じるのである。

 劇作家も俳優も、言葉、動作、表情の韻律的魅力に鈍感である間は、断じて近代劇の舞台に「芸術的生命」を与へることはできず、公衆も亦「舞台に何を求むべきか」を知る前に、実人生の中に新しい戯曲を感じることができなければ、近代劇に対する批評者、鑑賞者であることは絶対に不可能である。


 新しい生活様式、つまり現代日本人の生活中から、動性でなみすむと心理とを通じて、詩と造形ぷらすていく美を感じ得るに至つて、始めて、われ〳〵は、「われ〳〵の演劇」を有ち得るであらう。


 諸君は如何に日常生活に於て、型に嵌つた考へ方をしてゐるか。感情のニュアンスを無視した言葉を使つてゐるか。

 諸君の顔面筋肉は如何に硬直してゐるか。諸君の眼は如何に鋭くつても、それは極めて単純な感情を語り得るに過ぎないではないか。

 諸君は道で遇つた友人に何と云つて挨拶をするか。諸君は旅から帰つて来た父親を何と云つて迎へるか。

 数多き言葉が必ずしも一つの場面に生彩を与へるものでないことはわかり切つてゐる。

「めいめいの表現」を有たない生活からは、何らの想像も浮ばない。

 文学は幻象の芸術である。わけても戯曲は、経験に呼びかける暗示の芸術である。


     三 批評について


 今日行はるゝ文芸批評の多くは世人をして「文学とはかくもつまらざるものか」と思はせる以外に何の役にも立たない。

 批評家は、先づ「文学を愛すること」を教へてくれるべきである。


 のみならず、さういふ批評を読んでゐると「文学者とはかくも軽蔑すべき人間か」と思ふに至るであらう。なぜなら、批評家は作家を競馬々の如く取扱ひ、批評家自身は、己れを文明の埓外に投げ出してゐる。


 諸君は三河万歳といふものを御存じですか。烏帽子を被つた男と大黒帽を被つた男が、一方は扇子を持ち一方は鼓を鳴らし、所謂万歳歌を唱ひながら松の内の門毎を陽気に訪れて歩きます。

 烏帽子の男を太夫と呼ぶんでしたかね。大黒帽はたしか才蔵と云ふんです。

 太夫は歌の拍子を取るやうに、時々才蔵の頭を扇子で叩く。叩かれた才蔵は、お道化た顔をしてなほも唱ひ続けます。あれではさぞ痛からうと思ふほど音がすることがある。才蔵は変な格好をして太夫を見上げる。それでもにやにや笑つてゐます。

 僕は、批評するものと、批評されるものとの立場が、この三河万歳の如くであることを痛感して、いさゝか暗い気持ちになるのです。

 擲る方もいゝ気なら、擲られる方も心得たもの、そこはどちらも商売で、その場限りの愛嬌といふことになるのでせう。


「作品を批評して作家の人物評に及ぶことは、わが大日本帝国の文壇に於ては、ちつともヘンではないのである」と、大に見得を切つた批評家がある。

 誰も作家の人物評をしてはならぬと云つた覚えはない。

 憎んだり軽蔑したりしてゐたいなら、その作家が、自分には興味の有つてない、或は興味はもてゝも不満がある作品を発表したくらゐで、何もわざ〳〵、傍若無人な評言を加へる必要はあるまい。人物評もいゝが、立ち入り過ぎた「人格論」などは慎んだ方がいゝと云つたまでゞある。作品をさういふ立場からのみ見ようとする傾向を僕は好まないと云つたゞけである。

 作品を批評して作家の人物評に及ぶことは必ずしも「ヘン」ではない。人物評のし方によると「ヘン」になるのである。

「作品は面白いが作者の人物がどうも頼りない」といふくらゐなことは、僕の趣味には合はないけれど、まあそれほど咎め立てをしなくてもいゝだらう。それよりも或る批評家が或る作家の作品を褒めたのに対して「かういふ作品に感心するのは幼稚な気がする」といふやうな言葉は、一刀の下に両者を重ね斬りにした手並は鮮かではあるが、苟も、喧嘩をする気でなければ迂闊に口には出せない文句である。批評をすることは喧嘩をすることではないのだから、これなどは、僕に言はせると、ちと「ヘン」なのである。

 どんな暴言を吐いた後でも、平気でその対手と談笑ができるならそれこそ、全く以て不思議な現象である。わが大日本帝国の文壇は正に三河万歳と選ぶところはない。

底本:「岸田國士全集19」岩波書店

   1989(平成元)年128日発行

底本の親本:「時事新報」

   1925(大正14)年51415

初出:「時事新報」

   1925(大正14)年51415

※初出時「独断三幅対」の題の元に小題「一、フアンテジイ」(13日)「一、フアンテジイ(つゞき)」(14日)「二、めい〳〵の表現」(14日)「三、批評について」(15日)と連載された。そのうち「一、フアンテジイ」「一、フアンテジイ(つゞき)」は「ファンテジイ」の題で青空文庫に収録されている。

入力:tatsuki

校正:Juki

2009年113日作成

青空文庫作成ファイル:

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