二つの頭
原民喜


 日曜日のことでした、雄二の兄と兄の友達が鶴小屋の前で、鶴をスケッチしていました、雄二はそれを側で眺めながら、ひとりでこんなことを考えました……何んだい、僕だって描けますよ、鶴だって、犬だって、山の絵だって、駅だって、街の絵だって、みんな描けます、僕の眼にちゃんと見えるものなら、それをそのとおり描けばいいんだから、だからなんだって描けますよ、眼に見えないものだって、美しい美しい天国の絵だって、それもそのうち描けますよ

 雄二はだんだん素晴らしい気持になっていましたが、ふと何だか心配になりました、ほんとかしら、ほんとに僕は描けるのかしら……ふと、雄二はまだ明日の宿題をやっていないのを思い出しました、急いで家に戻って、机の前にすわりました、めんどくさい計算なので、雄二はすぐにいやになってしまいました、鉛筆をけずりながら、また雄二はひとりで、こんなことを考えました……いやになっちゃうな、こんな宿題なんか、僕の頭と兄さんの頭ととりかえっこすれば、すぐ出来るのに、首から上だけ、そっと、とりかえできないかなあ

 それでも、雄二はしぶりしぶりその夜、宿題をしあげました、その夜、雄二はこんな夢をみました、算数の試験でした、雄二は教室の机について、紙と鉛筆をもっています、試験の問題が不思議にすらすらとけてゆきます、雄二は頭のところが自分の頭ではなくて、兄の頭になっているのが、ちゃんと分ります、でもそれは他人にはまるでわからないのです、雄二はいい気になって早速、全部の問題を解いてしまいます

「雄二君、素敵だなあ、この問題が全部できた人はこのクラスには君しかいなかったよ」

 先生からかえしてもらった答案をもって、雄二は家にもどります、雄二はその成績をお母さんに見てもらおうと思います、でも、もし兄がほんとのことを知っていたら「何だい、僕の頭借りたくせに」と兄はおこるかもしれません、そこで雄二は成績をそっとかくすようにして、部屋の入口から中をのぞいてみました

 すると驚いたことに、兄は寝床のなかで、ぐうぐう眠っていました、が、もっと驚いたのは、兄の首から上は雄二の頭とそっくりなのです、それを見ると雄二は急に腹が立ちました「いけない、いけない、僕の頭とっちゃいやだい」雄二は猛烈な勢いで兄にとびついて行きました、そのひょうしに雄二は眼がさめました、雄二の頭は隣に寝ている兄の頭にごつんと、ぶつかったのでした

底本:「原民喜戦後全小説下」講談社文芸文庫、講談社

   1995(平成7)年810日第1刷発行

底本の親本:「定本原民喜全集2」青土社

   1978(昭和53)年920日初版発行

初出:「愛媛新聞」

   1951(昭和26)年2月号

入力:Juki

校正:土屋隆

2007年1115日作成

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