食物として
芥川龍之介



 金沢かなざは方言はうげんによれば「うまさうな」と云ふのは「ふとつた」と云ふことである。例へば肥つた人を見ると、あの人はうまさうな人だなどとも云ふらしい。この方言は一寸ちよつと食人種の使ふ言葉じみてゐて愉快である。

 僕はこの方言はうげんを思ひ出すたびに、自然と僕の友達を食物しよくもつとして、見るやうになつてゐる。

 里見弴さとみとん君などは皮造りの刺身さしみにしたらば、きつと、うまいのに違ひない。菊池きくち君も、あの鼻などを椎茸しひたけ一緒いつしよてくへば、あぶらぎつてゐて、うまいだらう。谷崎潤一郎たにざきじゆんいちらう君は西洋酒で煮てくへば飛び切りに、うまいことはたしかである。

 北原白秋きたはらはくしう君のビフテキも、やはり、うまいのに違ひない。宇野浩二うのかうじ君がロオスト・ビフに適してゐることは、前にも何かの次手ついでに書いておいた。佐佐木茂索ささきもさく君はくしに通して、白やきにするのに適してゐる。

 室生犀星むろふさいせい君はこれは──今僕の前に坐つてゐるから、甚だ相済あひすまない気がするけれども──干物ひものにして食ふより仕方がない。然し、室生君は、さだめしこの室生君自身の干物を珍重ちんちようして食べることだらう。

(昭和二年四月)

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房

   1971(昭和46)年65日初版第1刷発行

   1979(昭和54)年410日初版第11刷発行

入力:土屋隆

校正:松永正敏

2007年626日作成

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