電気鳩
海野十三



   あやしいはと



 高一こういちとミドリのきょうだいは、伝書鳩をかっていました。

 もともとこれは、お父さまがかっていらっしゃる鳩なのですが、お父さまがある大切なご用で、とおいところへお出かけになってからは、二人のきょうだいが世話をしているのです。

 鳩はみんなで十羽いました。半分は金あみをはり、半分は板をうちつけて作ってある鳩舎きゅうしゃのなかに、かってあるのです。鳩舎は、お家のうらの丘のうえにおいてありました。鳩は、とてもよくきょうだいになついていました。

 そのなごやかな鳩のむれが、どうしたことか、ちかごろなんとなくおちつかないようすです。きょうだいが気をつけていますと、たしかにへんです。ふだんならば、鳩たちは一日中鳩舎のまわりに、なかよく、くうくうとないているのですが、それがときどき、にわかに羽ばたきもあらあらしく、いっせいに空にまいあがってさわぎます。はては、お家の屋根につばさをおさめて、おちつかないようすで、あっちへいったりこっちへきたり、きょろきょろと、下をうかがっているのです。鳩たちはどうしておちつかなくなったのでしょう。

 その日もゆうがたのことでしたが、鳩たちは空にいりみだれて大さわぎをはじめました。高一とミドリは、いそいで鳩舎にかけつけました。すると、鳩舎の上には一羽の鳩がのこっていました。

「オヤ、へんな鳩がいるぞ」

「うちの鳩じゃないわ。どこのでしょう」

 それは、みなれない鳩でした。

 ふつうの伝書鳩なら、ぜんしんは石板色で、首のところに金みどりのぶちがあるのですが、いま鳩舎の上にのこっている鳩は、からだの色が、紺青こんじょうで、そしてつばさのさきには、ふとい金のすじが二本とおっていて、よくみればみるほど、かわった鳩でした。その上その鳩は、まるでつくりもののあしでもつけているように、みょうに両足をひきずって歩くくせがありました。

「もっとよく見てやろう」

 と、高一は鳩舎の方にちかづきました。

 そして青い鳩に、ぐっと手をのばしたところ、思いがけなくもゆびさきが、電気にふれたときのようにぴりぴりとしびれました。

「あっ──」

 と、高一はおどろいて手をひっこめました。そのとき鳩は羽をふるわせて、急にくるりとむきをかえると、きみのわるい羽ばたきをして、さっと空にまいあがりました。が、そのとびかたのすばやいことといったら、まるで戦闘機が地上から、おおぞらへむかって、棒上ぼうあがりにのぼるのとかわりません。あまりのものすごさに、高一もミドリもあっけにとられて、あやしい鳩の行方ゆくえをみおくっていました。

 ちょうどそのころ、この村のうんと上空を一だいの大きな飛行機が、あとに三だいのグライダーをひいてとんでいました。それは、こんどあらたにつくられた三百人のりのすごい飛行列車です。あやしい鳩はおそれげもなく、その飛行列車にずんずんちかづいてゆきました。おどろいたのは飛行列車の三人の試験操縦士です。

「おや、あの鳩は、ちっともにげないぜ」

「かわいそうに、いまにはねとばされるぞ」

 そういっているうちに、あやしい鳩は弾丸のように、そのよくにぶつかりました。

「あっ、たいへん!」

 たちまち翼はそこのところから、まっぷたつにわれ、飛行列車は黒いけむりをあげて、とんぼのようにもつれあいながら、地上についらくしました。五キロもさきの山の中に。

 しかし、このできごとが、あやしい鳩のためにおこったとは、だれも気がつきません。



   電気鳩



「ねえ、兄ちゃん。どっかのお家の鳩が、うちの鳩とあそびたいって、それでおりてきたのよ、ねえ」

「うん──」

 高一はなまへんじをしました。だって、つかまえようとすれば、ゆびさきがぴりぴりしびれる鳩なんてあるものでしょうか。

 そのときでした。飛行列車がついらくをはじめたのは。

 でも、ずっとはなれた高い空の上のことですから、二人はあとで、村の人から話をきくまで、気がつきませんでした。

 ミドリは鳩舎をあけてやりました。するとお家の屋根にとまっていた鳩は、大よろこびで鳩舎の中へかえってきました。

 しかしそのとき、きょうだいは意外なことに気がついて、目をみはりました。

 きょうだいのおどろいたのもむりはありません。十羽いた鳩が九羽しかいないのです。さあ、一羽はどこへ行ってしまったのでしょうか。きょうだいは血眼で家のまわりをさがすうちに、うらの竹やぶのなかに、つめたくなっている鳩の死がいをみつけました。

「かわいそうに。お前はどうして死んだの」

「これはきっと、あの電気鳩のせいだよ」

「えっ電気鳩? 電気鳩ってなあに?」

 そこで高一はミドリに、さっきの青い鳩にさわろうとすると、ゆびがぴりぴりしびれたことを話してきかせました。それで電気鳩、電気鳩と名をつけたんですが、ほんとうに電気鳩が、うちの鳩をころしたのでしょうか。まったく、きずひとつないのに鳩は死んでいるのです。

「ようし、一つ工夫をして、あの鳩をつかまえてやろう」

 そのつぎの日の夕方、高一とミドリとが見はっていると、はたして、その電気鳩が空からおりてきました。お家の九羽の鳩は大さわぎして、屋根の方ににげてしまいました。しかし鳩舎の上には、まだ一羽の鳩がじっととまっていました。

 電気鳩はひらりと飛びおりて、そのじっとしている鳩の方へ足をひきながらちかづきました。

 すると、どうでしょう。かちっと音がして、電気鳩は高一のしかけたわなに、足をはさまれてしまいました。しかし、電気鳩はたいへんな力をだして、そのまま空へまいあがりました。足にながい赤い紙テープを目じるしにして、電気鳩をおいかけてゆきましたが、ざんねんにも見うしなってしまいました。

 それにひるまず、つぎの日、高一はまたべつの工夫をして、まちかまえていました。

 その夕方、やはり電気鳩は下りてきました。そして、昨日とおなじように、鳩舎の上におりて、よちよちと二、三歩あるいたかとおもうと、たちまち、かちっと音がして、電気鳩は足をはさまれました。が、やっぱりにげてしまいました。そのとき鳩の足には、長い赤い紙テープのほかに、小さなガラスびんがさかさまにつりさがっていました。びんの口からは、とてもいやなにおいがしました。

 電気鳩が飛びだしたと見るや、高一は愛犬マルという、よくはなのきく犬をつれて、いっしょに電気鳩のあとをおいかけました。電気鳩は昨日とおなじように村ざかいの山の方にとんでゆきます。赤い紙テープをながくひきながら、ぐんぐんとんでいって、やがて、すがたがみえなくなりました。

 でも、高一は、べつにあわてるようすもなく、しきりに、はなをならして走るマルのあとについて、どんどん山の中にわけいりました。

 先にたって走っていたマルは、そのうちに人の出入りができるほどのほら穴の前までくると、ほら穴の入口の草をしきりにかいで、急にうごかなくなりました。高一は、

「うむ、このほら穴にはいったのだな」

 と、ほら穴をにらんで、おもわずひとりごとをいいました。



   穴のなかの人



 だれもしらないことですが、飛行列車をついらくさせたのは、電気鳩のしわざでありました。高一は、そんなこととはしらず、ただ鳩舎へおりた電気鳩が、だいじな伝書鳩をころしたのにちがいないとおもって、愛犬マルといっしょに、この山のおくのほら穴の前まで、電気鳩をついせきしてきたのでありました。

 マルは、しきりとはなをならして、ほら穴のなかをにらんでいます。

「マル、しっかりたのむよ」

 高一のうまい工夫とマルのてがらとで、電気鳩は、このほら穴のなかにはいったことがわかりましたから、つぎは、なかにはいって電気鳩をうまくつかまえることです。

 高一は、穴のなかにはいった鳩などはわけなくつかまえられるものとおもっていました。それで、いさましくも高一はマルをつれて、まっくらなほら穴のなかにずんずんはいって行きました。用心のために、もってきた懐中電灯がきみのわるいほら穴の中をてらして、とても力づよいのです。しかし、かんじんの電気鳩は、どこまでふかくはいったものか、いっこう、そのすがたが見えません。

「へんだなあ。どこへかくれちまったんだろう」

 高一はマルの頭をなでながら、立ちどまりました。

 その時でした。マルがひくくうなりました。高一のさとい耳は、この時、たれか人の話しごえが、ほら穴のもっとおくの方から、ぼそぼそきこえてくるのをききつけました。「おや、こんなほら穴のなかに、たれか人間がいるよ」

 高一はふしぎにおもい、マルの首をおさえながら、しずかに、ほら穴のおくの方にちかづいて行きますと、とつぜん、

「さあ、どうしてもいわねえというのだな」

 と、どなるこえがきこえました。

 高一がおどろいておくをのぞくと、そこには、めずらしく電灯などがとぼっていて、五、六人のあらくれ男が、まるいかたちにすわっています。そして、そのまんなかに、一人の男がしばられていました。

 かわいそうなのは、そのしばられた男です。身うごきもできないばかりか、おおぜいのあらくれ男から、ひどい目にあっています。

 ちょうど、高一のみている方からは、そのゆわえられた男はうしろむきになっていたので、だれだかよくわかりませんでした。もし、高一にその男の顔が見えたなら、どんなにおどろいたことでしょう。その時、しばられていた男は、きっと顔をあげると、

「いくらきいてもむだだ。ころされたって、いわないといったらいわないのだ」

 と、さけびました。

 そのこえをきくと、高一は、はっとおもいました。そのこえにききおぼえがあったのです。

「あっ、お父さまだっ」

 高一のお父さまは、ご用のため、とおくへお出かけになったはずなのに、なぜこんなほら穴のなかに、しばられているのでしょうか。高一もびっくりしましたがマルもおどろいてわんわんとほえました。さあたいへんです。

「だれだっ」

 あやしい男たちは、いっせいにたって、高一のかくれていた方へむかってきました。高一はあぶなくなりました。マルは一生けんめいで、ほえています。

 いまはこれまでとおもい、高一はそのすきに紙きれに、はしりがきをすると、腰にさげていた伝書鳩のあしにつけ、ぱっとはなしました。鳩は、くらやみのほら穴をぬけておもてへとびます。だが、つづいてとび出したのは、おそろしい電気鳩!



   つがいの鳩



 ほら穴の中の、おそろしいかくとうをあとにして、高一の手紙をもった伝書鳩第一号は、さっとおもてへとびだしました。

 くわっくわっと鉄のくちばしをならしながら、そのあとをおいかけるのは、おそろしい電気鳩です。

 伝書鳩第一号も、前に電気鳩にひどい目にあっていたので、わざと森や林の中をぬけたり、きゅうに下にまいおりたりなどして、一生けんめいににげて行きました。

 しかし、おそろしい電気鳩のくちばしをのがれることはできず、つばさはきずつけられ、羽根はぬけ、一方の目はつきやぶられてしまいました。それでも、伝書鳩第一号はがまんをして、とうとう自分の鳩舎にたどりつきました。

 まっさきにそれを見つけたのは、るすをしていた高一の妹ミドリです。

「あらあら、鳩があんなになって……」

 ミドリは、はしりよって鳩舎の上に、つばさをひろげたままたおれている第一号を、そっとおろして、胸にかかえてやりました。

 そのとき上の方で、くわっくわっとあやしいこえがきこえました。

 第一号はそれをきくと、くるしい中からくうくうとないて、ミドリにあぶないから用心なさいとしらせました。ミドリがすぐに家の方にかけださなかったら、電気鳩のために、どんなひどいけがをしたかわからないのです。

「ミドリちゃん。なにをさわいでいるの」

 軍服すがたの良太りょうたおじさんが顔をだしました。

 血にそまった鳩のあしから、高一のはしりがきした紙きれがはずされました。

「これはたいへんだ」

 と、良太おじさんは、顔色をかえていいました。

「ミドリちゃんのお父さまが、あやしい一団につかまっているそうだ。さっそく憲兵隊へしらせなきゃいかん」

 憲兵軍曹である良太おじさんは、じつはミドリのお父さまが、ある大事なご用をひきうけて旅にでたのに、いつまでたってもかえってこないのをしんぱいして、ちょうどいま、たずねてきたところなのでした。さっそく、けがをした伝書鳩第一号のもちかえった紙きれをもって、憲兵隊へとどけでたのでまもなく一隊の洋服すがたの憲兵が、トラックにのってミドリの家にのりつけました。

 さあ、なにごとがはじまるのでしょうか。

 憲兵さんの話によると、なんでも、すごい電気鳩をつかう外国のスパイがいりこみ、なにか、しきりにわるいことをたくらんでいるとは、わかっていたが、そのスパイ団がどこにいるのかわからなくてこまっていたのです。ところがいま、高一少年のおかげで、ほら穴のひみつがしれたので、大よろこびです。

「さあ、電気鳩退治だ」

 と、憲兵さんは力をこめていいました。

「電気鳩さえ退治してしまえば、スパイ団も水をはなれた魚のようによわってしまうだろう」

 ミドリは、それよりもお父さまと高一兄さんとを、早くたすけてください、とたのみました。

 いよいよあやしいほら穴にむかうことになって、憲兵さんたちは、こまった顔をしました。そのほら穴へは、どう行けばいいのでしょう。

 そこへ、おりよく愛犬マルが、足をひきながらかえってきました。

「ああマルか……。兄ちゃんは?」

 ミドリは、すぐ庭にとびだしてみましたが、高一のすがたはどこにもみえません。マルだけが、ほら穴からぬけてきたものと見えます。

 マルという、いい道案内ができたので、憲兵さんたちはよろこびいさんででかけました。

 ところが山の中にはいった時は、日がまったくくれてしまいました。そのうえマルがどこかに行ってしまったので、憲兵さんたちは、どうしてよいかわからなくなってしまいました。

 その時です。上の方でくわっくわっというなきごえがしたとおもうと、一つの光るものが、さっととんできました。おそろしい電気鳩があらわれたのです。



   ぬけ穴



 おそろしいスパイ団のため、山の中のほら穴に、とりこになっている高一少年とお父さまは、今どうしているのでしょうか。

 ミドリのたのみをきいて、良太おじさんは一隊の洋服すがたの憲兵をひきつれ、高一の愛犬マルを道案内に、その山の中にわけいりました。ところが途中でマルのすがたがみえなくなり、スパイ団のほら穴へゆく道が、わからなくてこまっているところへ、光まばゆい電気鳩がとんできたのです。

「ふせっ」

 と、良太おじさんはさけびました。

「こんなおそろしい電気鳩を、生かしておいてはあぶない。軍曹どの、こいつを私にうたせてください」

 と、一人の憲兵がピストルをだしました。

「まあ、まてっ」

 と、良太おじさんは、いそいでそれをとめ、

「そんなことよりも、電気鳩がどこへゆくか、あとをつけてゆく方が大事なんだ。さあ、そこの二人は、電気鳩をすぐおいかけろ」

 さすがに良太おじさんです。あわてずさわがず、二人に電気鳩のあとをおわせました。

 そのとき、べつの方角から、わんわんと犬のほえるこえがきこえてきました。マルです。マルがほえているのです。良太おじさんは、むっくりおき、

「よし、のこった者は、自分についてこっちへこい」

 スパイ団のほら穴は、いよいよ近くにあることがわかりました。

 良太おじさんは、いさましくも憲兵隊のまっさきにたって、草をわけて走ります。おりから、ちょうどむこうの山から月がでました。

「こんなところにほら穴があったぞ。さあ、このなかへ突撃だっ」

 というが早いか、良太おじさんは懐中電灯を片手に、さっとほら穴へとびこみました。みんなもそれにつづきました。

 すると、べつの方角から、ぽんぽんという銃声がおこりました。

「うわあっ、憲兵だっ」

 と、よろめきでてくるスパイ団は、そこにも良太おじさんたちのすがたをみて、二度びっくり。

「スパイどもめ! こうなったら、ふくろのねずみもおなじことだ。さあ降参しないかっ」

 と、おどりかかる憲兵隊に、さすがのスパイたちも、あれよあれよとさわいでいるうちに、しばりあげられてしまいました。

「あ、良太おじさん──」

 と、ほら穴のおくから、こえをかける者がありました。

「おお、そういうこえは……」

 と、良太おじさんがかけつけてみると、それはまさしく高一でありました。かわいそうに、太いなわでぐるぐるまきにされ、ろうのようななかにころがされていました。

 なわをとこうとすると、高一は頭をふって、おくをむき、

「お父さまがいるはずです。はやく助けて……」

「ばんざあい」

 と、大きなこえがおこりました。どうなったかと心配していた高一少年や、高一のお父さまで、お国のためはたらいている秋山技師の二人を助けだすことができたし、そのうえスパイ団のわる者も、おおぜいつかまえることができたのですから、大手がらでした。

「へんだなあ──」

 良太おじさんが、首をかしげました。

「なにがへんなのですか」

「だって、電気鳩が、このほら穴にとびこむところをみたのに、いまこうしてさがしてみてもいないじゃないか」

「おかしいね。これはどうやら、ほかにぬけ道があるらしいぞ」



   にげた団長



「おじさん。お父さまをくるしめていたスパイ団の団長がみえないよ」

 と、高一少年がさけびました。

「なに団長が……。うむ、いよいよぬけ道があることにきまった。さあ、さがすんだ」

 そのとき愛犬マルは、なにおもったか耳をぴんとたて、かたわらのおおきい岩のうえにとびあがり、そのむこうにすがたをけしました。まもなく、わんわんとマルのほえるこえ!

「それ、ぬけ穴だっ」

 と、みなのものも岩をとびこえてみると、なるほど下につづいたぬけ道がありました。いそいでいってみると、ぴかりと光るもの──電気鳩です。マルにおいかけられています。

 しかも、そのそばには、団長が黒い箱をせおってにげてゆきます。

「おいまてっ──」

 と良太おじさんたちは、一生けんめいにおいかけましたが、ぬけ穴を出たところが、がけの下でした。スパイの団長は、そこにこしらえてあった、なわばしごをつたってがけの上にあがり、そして、そのなわばしごを上にひきあげてしまったものですから、いくら強い憲兵さんたちでも、がけをのぼることができません。

「ちえっ、ざんねんだ。もうひといきでつかまるところだったのに」

 憲兵さんたちは、たいへんくやしがりました。高一もざんねんですが、はしごがなければのぼれないところだからしかたがありません。

 こうして、電気鳩と、黒い箱をせおったスパイの団長とは、どこかへにげてしまいました。

 その後、電気鳩はどこへいったものか、いっこうにみかけませんでした。

 高一の鳩たちは、またもとのように小屋のまわりに、たのしくあそぶようになりました。

 高一のお父さまも安心して、あらためて、大事なご用の旅におでかけになりました。

 そのうちに、鎮守ちんじゅさまの秋祭の日がきました。いろいろの見世物みせものやおもちゃの店がでて、たいへんなにぎわいです。高一は、ミドリをさそっておまいりにゆきました。

 やしろの前にならんだ二人は、ふといつなのついた鈴を、がらがらとふってお父さまが、ぶじにおかえりになるようおいのりをしました。それがすんでから、高一は、ミドリにいいました。

「ねえ、見世物のほうにいってみようよ」

「兄ちゃん、あれがおもしろそうよ」

 と、ミドリがゆびさしたのは、たくさんの見世物のなかにまじって、「ぽっぽ座」と、そめだした赤や青の旗をたてた小屋です。

「さあいらっしゃい。人間よりかしこい鳩の曲芸です。世界一のかしこい鳩です。坊ちゃん嬢ちゃん、さあさあおはやく……」

 と黒めがねをかけた男が、客をよんでいます。

 鳩ときいては、鳩のすきな二人は見たくてたまりません。二人はいそいではいりました。

 はいってみると小屋の中はがらんとしていました。見物人もほんのすこしです。

「へんだなあ」

 とおもったのですが、そのとき印度インド服をきた鳩つかいが、金ぴかの鳥かごを手にさげて、ぶたいにあらわれました。

「さあ、お目をとめてごらんください。これが世界一のかしこい鳩です」

 鳩つかいは、長いむちでかごをたたきながら、二人の前にさしだしました。かごの中には、つばさの色がうす青色で、金のすじが二本とおっている鳩が、じっとこっちをみていました。

(あっ、電気鳩そっくりだ)

 と、高一は目をみはりました。

「さあ、これからこの鳩にお嬢さんのおとしや、名前までもあてさせましょう。お嬢さん、どうぞこちらへあがって下さい」

「だめだよ、ミドリ」

 と、高一はそれをとめました。しかし、鳩つかいは知らぬ顔をして、ミドリをぶたいにひっぱりあげ、みょうなだいにのせました。



   魔術師



 鎮守さまのお祭は、いま、おみこしがかえってきたので、村の人たちは、その方に気をとられて、わっわっというさわぎのさいちゅうです。

 こっちは、あまり見物人のはいっていない、電気鳩によくにた世界一のかしこい鳩をつかう、見世物小屋のなかです。印度インド服をきた鳩つかいに手をとられて、ミドリは、そのぶたいのうえにあがりましたから、兄の高一はなんだか、胸さわぎがしてなりません。

「さあ、鳩さん。お嬢さんのおとしは?」

 と鳩つかいは、耳を鳩のそばへ近づけました。

 すると鳩は、鳩つかいの耳のなかを、くちばしでもって、ちょっちょっとつきました。

「ははあ、そうですか」

 と、鳩つかいは、さもわかったような顔をして、見物人の方に向い、

「鳩さんが申しますには、このお嬢さんのおとしは十歳だそうです。お嬢さんあたりましたか」

 ミドリは、ほんとうに自分のとしをあてられたので、おどろいてしまいました。見物人は、手をぱちぱちたたいて鳩をほめました。

「さあ、そのつぎはお嬢さんのお名前ですが、鳩さん、これはなかなかむずかしいが、あてられますか」

 鳩つかいは、また耳を鳩にちかづけました。

 すると鳩は、また鳩つかいの耳のなかを、くちばしでもって、ちょっちょっとつきました。

「ああそうですか。そこにぶらさがっている万国旗の右から三番目のいろ──というと……」

 と、鳩つかいは、ぶたいにはりまわしてある旗をみまわしました。右から三番目は、ブラジルの旗でした。

「ああ、ブラジルの旗ですね。この旗のいろは青ですね。すると青子さんかしら」

 すると、見物人はこえをそろえて笑いだしました。青子なんてめずらしい名だからです。

「青子はおかしい。もっと、はっきりおしえて下さい。なに、青ではない緑だというのですか。なるほど、ミドリさん。ミドリさんとは、じつにかわいいお名前ですね」

「あたったわ」

 なんというかしこい鳩なのでしょうと、ミドリは、かんしんしてしまいました。見物人は、また、手をたたいて鳩をほめました。

 見物席では兄の高一だけが、おこったような顔をして、鳩つかいをにらみつけています。

「さあさあ、そこでついでにもうひとつ、この鳩をつかってすばらしい魔術をごらんに入れましょう」

 といって印度人は、おくの方に合図をいたしました。するとおくから、こどものからだが入るくらいの大きさの、美しい箱をかついできました。その箱は二つでした。それをぶたいにならべました。さあ、これからどんなことがはじまるのでしょうか。

 鳩つかいは、まず、ひとつの箱のなかに、金色のすじの入った鳩を、かごごと入れました。

 それから、こんどはミドリの手をとって、

「さあお嬢さんは、こっちの箱へ入ってくださいね。なんのこわいことがありましょう」

 ミドリが箱のなかに入ると、鳩つかいは急ににこにこして、

「まず、箱のふたをしめます」

 と、両方の箱のふたをかたんとしめ、

「さあ、たしかにこっちの箱には、世界一のかしこい鳩がはいり、こっちの箱には、かわいいお嬢さんがはいりました。ところが、私が気合きあいをかけますと、ふしぎなことがおこります」

 えいっと、気合をかけて、ミドリのはいっていた箱のふたに手をかけました。



   きえた妹



 鳩つかいはにやりと笑って、ミドリのはいっていた方の箱のふたをあけました。

「あっ」

 と、高一の口から、おどろきのこえがとびだしました。なぜといって、たしかにミドリがはいったにちがいないその箱のふたをとってみると、そこに、ミドリのすがたがないのです。そして、そのかわり金色のすじのある鳩がはいっているではありませんか。

「おやおやこれはふしぎ」

 と、鳩つかいはなおも、うすきみわるく笑いながら、

「お嬢さんが鳩にばけてしまいました。では、鳩の方は、なににばけているでしょうか」

 といってもう一つの箱のふたをとると、あらふしぎ、箱の中はからっぽです!

 ミドリは、いったいどこへいったのでしょうか。

「おじさん、ミドリを早くもとのようにかえしておくれよ」

 と、高一は、ぶたいにとびあがっていいました。

「あなた、なぜ見世物のじゃまをしますか」

「だって、ミドリをかくしたりして……」

「まだ、じゃまをしますね」

 というと、鳩つかいは、いそいでぶたいの幕をしめさせ、高一を、見物席から見えないようにしてしまいました。そして、いきなり鳩のかごの戸をあけました。そのとたん、鳩は、すごいいきおいで、高一めがけてとびかかりました。まるで電気鳩そっくりです。

「あっ」

 と、おもったときはもうおそく、高一は鳩にとびつかれて気をうしなってしまいました。

 ミドリも高一も、まったくひどい目にあったものです。世界一のかしこい鳩だというが、それは、あのおそろしい電気鳩だったのです。鳩つかいにばけていたのは、にくいスパイ団長でありました。

 高一は、ひやりとするつめたい風のおかげで、はじめて気がつきました。そこは、あのにぎやかに、かざりたてた見世物小屋のなかではなく、うすぐらい物おきのようなところでありました。

 はっ、とおもっておきあがろうとして気がつきました。両手はうしろにまわされ、胸も腹もふといなわで、ぐるぐるまきにされていました。高一は、はがみをして、なわから手をぬこうとしたがだめです。

 いったい、ここは、どこなのでしょうか。

「ミドリちゃんは、どうしたんだろう。やはり、あのわる者につかまっているんだろう。かわいそうに」

 高一はミドリのことをおもうと、どうしてこのままじっとしていられましょう。しかし、なわはかたくむすばれて、とけそうもありません。

 くやしなみだをぽろぽろこぼしているところへ、そとに足音がきこえ、こっちへ近づいてきます。なに者がやってくるのでしょう。

 すると、高いところにあいていた窓に、一つの顔があらわれました。それは少年の顔です。みたこともない顔ですが、大きな口をあいてよだれをながしていました。

 ポンちゃんというその少年は、わる者の仲間ですから、とても、高一をたすけてくれません。

 高一は、なにをおもいついたか、いつも腰にさげている鳩をよぶ笛を、ポンちゃんにあげるから、もっておゆきといいました。すると、ポンちゃんは大よろこびで、屋根のやぶれ目から、柱つたいにするするとおりてきて、高一の腰についている笛をとると、また、そとにでてゆきました。

 ほう、ほう、ほう。

 笛は、そとでさかんになっています。ポンちゃんがおもしろがってふいているのです。

 すると、それから一時間ほどたって、窓のそとに、とつぜん、たくさんの鳩の羽ばたきがきこえてきました。高一はにっこりとしました。



   ハグロとアシガラ



 世界一のかしこい鳩をつかう鳩つかいとは、まっかなうそで、これこそ、おそろしいスパイ団の団長がばけていたのでありました。高一は、体をぐるぐるまきにされ、穴ぐらのなかにおしこめられてしまって、もう、ミドリを助けるどころではなくなりました。そこで、かんがえたあげく、もっていた笛を、わる者仲間のポンちゃんにやりますと、ポンちゃんはよろこんで、それを、ほう、ほう、ほうとさかんにふきならしました。そのうちに穴ぐらのあかり窓のところにきこえる羽ばたき!

 高一は、ポンちゃんに笛を吹かせてから、この羽ばたきの音を、どんなにか、まっていたのです。

「しめた! ぼくの家の鳩がきたぞ」

 きゅうに、にこにこ顔になった高一は、あかり窓の下にすりよって、ぴいぴいと口笛をふきならしました。

 すると、くう、くう、くうとなきながら、ばたばたと羽ばたきして穴ぐらにとびこんできたのは、まさしく、高一のかわいがっていたハグロとアシガラという二羽の伝書鳩でした。

 鳩は、高一の肩にとまって、くう、くうとなきたてます。鳩にも、主人の一大事がわかっていたのでしょう。

 高一は、かわいい鳩に、なつかしげにほおずりをしてやりました。

 しかし、いつまでもそうしていられないことを、よく知っていた高一は、体をかがめて、自分のズボンのうらのきれを口でくわえると、べりべりとやぶりました。そして、そのきれを、口うつしにハグロにくわえさせると、ぴいぴいぴぴいと口笛をふきました。

 その、ぴいぴいぴぴいという口笛は、

「はやくお家におかえりなさい」

 という鳩の号令だったのです。ですから、ズボンのきれをくわえたハグロは、さっきはいったばかりのあかり窓から、いさましく外にとびだし、高一の家へかえってゆきました。

 ちょうど、家の前に高一の愛犬マルがいるのをみると、ハグロはその前に、くわえてきたズボンのきれをおとし、マルを案内するかのように、さきにたってとびました。

 高一のいれられている穴ぐらの入口のところで、がちゃがちゃとかぎの音がし、いきなり入口の四角なあげぶたがあいて、にくいスパイ団長がはいってきました。

「やい小僧、いいところへつれてってやるから、このなかへはいれ」

 といって、手下のはこんできた、たるをゆびさしました。

「いやだ。それよりもぼくの妹をどうしたんだ。はやく、ぼくをミドリにあわせてくれ」

「ミドリはお前より一足さきに船にのりこんでらあ。むこうへいってからあわせてやる」

「うむ、さては、妹もたるづめにされたのか」

「いや、たるにいれるのは、お前みたいなあばれん坊だけなんだ。さあはいれ」

 高一は力およばず、とうとうたるにいれられました。



   どこへいく?



 高一のおしこめられた、たるは、まもなく、外にかつぎだされました。いったい、どこへはこばれてゆくのでしょうか。まっくらなたるのなかで、高一は、気が気でありません。

 くう、くう、くう。

 高一のおなかのへんで、ないているものがあります。それはもう一羽の鳩、アシガラでありました。高一がわる者のため、たるにいれられるすこしまえ、わずかのすきをうかがって、アシガラを上着の下へいれてかくしておいたのです。

 そのうちに、たるは、どすんとかたいものの上におかれました。それから、つぎつぎに、どすんどすんと、ほかのたるがおかれるようすです。

 やがて、がたんという音とともに、たるをのせたトラックは走りだしました。

「どこへつれられてゆくんだろう。ミドリは、どうしているんだろう」

 と、高一は、たるのなかにゆられながら、それを考えていました。

 一キロも車が走ったかとおもうころ、車のうえがさわがしくなりました。

「おや、あの犬は、この車をおっかけてくるんじゃないか」

「うん、小僧がいるのをかぎつけたんだ」

「めんどうだ。ピストルでうってしまえ」

「まてっ、ピストルの音をきかれたらどうするのだ。石ころをなげつけてやれ」

 えいえいと、石ころをなげるこえがします。

 わわわわ、わんわん、とはげしい犬のなきごえが、車をおってきます。

「あっ、あのこえはマルじゃないか」

 忠犬マルは、一生けんめいに、高一をさらってゆくトラックをおいかけてくるのでありました。

 どうして、それを知ったのでしょう。そのわけは、鳩のハグロが、マルを案内して、ここまでおいかけてきたのです。

 わわわわ、わんわん。

「石ころじゃだめだ。電気鳩をだそう」

「よし、電気鳩だ」

 スパイ団長は、ついにおそろしい電気鳩をぱっとはなしました。

 高一は、それをきいておどろきました。

 きゃ、きゃんきゃんきゃん。

 まもなくマルのかなしいさけびごえがきこえます。あわれ忠犬マルも、電気鳩にやられたようすです。

 高一はたるの中で、歯をくいしばってざんねんがりました。しかし、電気鳩にかかっては、マルはどうすることもできますまい。

「これでいい。ああ、ほねをおらせおった」

 と、これはわる者のためいきです。

 トラックは、四、五時間も走りつづけたのち、港につきました。

 たるはそこで船のそこへつみかえられました。それは、外国の貨物船のなかでした。

 その夜、高一ははじめて、すこし手のいましめのなわをゆるめられ、そして、ごはんがわりに、五つ六つのりんごがたるのなかになげこまれました。なんというひどいことでしょう。

 わる者は、また、たるのふたをしっかりしめて、でていってしまいました。

 ごとごとときかいのなる音がして、汽船は港をでてゆくようすです。

「どこへゆくのだろう。そして、ぼくやミドリをさらっていってどうする気なんだろう」

 高一は、なんとかしてミドリにめぐりあいたいと、それを思いつづけました。

 すると、にわかにはげしいくつ音がして、船ぞこへ大勢の人がかけおりてくるようすです。

「おい、早くさがせさがせ。早くしないと、沖に見はっている日本の軍艦にしずめられちゃこまる」

「だって、電気鳩がまさかこんな船ぞこまでとんでくるものですか」

「やかましいやい。お前がぼんやりしているから、こんなことになるんだ」

 そのうちに、どうんと大砲の音です。

「さあ、日本の軍艦がうったぞ。船をとめろというあいずだ。すぐ電気鳩をさがさないと、ほんとうにうたれるぞ」

 そういうこえは、たしかにあのにくいスパイ団長のこえです。

 どうやら電気鳩がにげたようすです。そしてこの汽船は、日本の軍艦においかけられているらしいのです。

 高一はそれを知って、胸をおどらせました。近くの海を見はっている日本の軍艦が、このあやしい船をみつけてきてくれれば、きっと助かるにちがいない。

 しかし、その前に日本の軍艦の砲弾が、この汽船にうまく命中すれば、高一はたるとともに、海ぞこふかくしずんでしまわねばなりません。どどうんどどうんと、砲声はいよいよ近づいてきます。さあどうなる。たいへんたいへん。



   ながれるたる



 高一少年をさらってゆく外国の貨物船が、いましきりに日本の軍艦から砲撃されています。

 高一は、伝書鳩アシガラとともに、船ぞこにころがるたるのなかに、とじこめられているのです。このまま、汽船がうちしずめられると、高一は、海へおちて死んでしまうでしょう。

 そのとき、天下無敵に強い電気鳩を、あやまってにがしたスパイ団長などのわる者たちは、たるをおいてある船ぞこをしきりにさがしています。高一は、ふとひとつのうまい工夫を考えつきました。

 高一は一生けんめいで、いましめのなわから手をぬきました。ようやく、手がぬけると、こんどは力いっぱい、たるのふたを両手でつきあげました。三度、四度とやっているうちに、さすがに、かたくはまっていたふたも、ぎしりと音がして、すこしすきまができました。わる者たちは、わあわあさわいでいるので、その音に気がつきません。

「しめた。では、ここらでだましてやろう」

 と、高一がたるのすきまから伝書鳩アシガラをはなすと、アシガラはぱたぱたとびまわります。

「あっ、電気鳩がいたぞ」

「しめた。さあ、はやくつかまえろ」

 わる者たちは、電気鳩だと思いこんで、アシガラを大さわぎでおいかけました。

 計略がうまくいったので、高一はたるの中でおおよろこびです。こうしておけば、しばらく日本の軍艦へむけておそろしい電気鳩をはなすことはできません。

「おい気をつけろ」

 とスパイ団長のどなるこえがします。

「電気鳩をつかまえるときは、ゴムの手ぶくろをはめていないと、電気にかんじて、大けがをするぞ」

 つい団長は、だいじなひみつをもらしました。

 ばさっとあみをふりまわす音だの、鳩の強い羽ばたきなどがいりみだれて、たるの中の高一の耳にきこえてきました。

「さあ、早く電気鳩をつかまえろ、そして日本の軍艦めがけてはなして、しずめてしまえ」

 わる者たちはいよいよ大さわぎです。

 そのうちに、どかあんと音がしたと思うと、どっと船ぞこに海水がはげしくながれこんできました。日本軍艦のうった砲弾が、船ぞこをみごとにうちぬいたのです。

 とたんに、高一のはいっていたたるは、海水にのってすうっともちあがると、水のすごいいきおいで、かいだんのすきまから甲板にとびだしました。そのひょうしに、たるのふたは何かにぶつかって、高一が出るひまもなく、またもとのようにかたくしまってしまいました。そして、ごろごろころがっているうちに、ぼちゃあんと海中におちてしまいました。

 高一は、目をまわしてしまいました。気がついたときには、たるはしずみもせず、波のまにまに、ただよっているようでしたが、体はぐったりつかれて、ねむくてしかたがありません。



   無人島



 それからいく時間たったのか、おぼえていませんが、高一は、ねむりからさめました。

「おや、海の中にゆられゆられていたと思ったのに、これは、いったいどうしたんだろうなあ」

 まったくへんなことでした。高一は、やはりたるの中にとじこめられているのにたるはゆれもせず、じっとしているのです。

「これはたいへんだ」

 高一はたるのそとに、なにか音でも聞えはしないかと耳をすましましたが、なんの音も聞えません。そこで、大決心をして、たるのふたを力まかせにおしました。

 ふたは、ぽかりとあきました。高一はたるの中から首を出しました。

「あっ、海岸だ!」

 嵐はすっかりおさまり、朝日はまばゆく海上にかがやいていました。あたりはまっくろな砂が、いちめんにある美しい海べですが、うしろには、けわしい岩山がそびえていて、おそろしげに見えます。

「ここはどこだろう」

 高一は、たるのなかから出て、めずらしげにあたりをながめました。まったく見たこともないところです。

 高一は元気をだして、うら山にのぼってみました。そこへあがると、きっと村かなんかが、みえるにちがいないと思ったからです。

 ところが、うら山にのぼってみておどろきました。村が見えるどころか、ここはいっけんの家もない小さな無人島(人のいない島)だったのです。

「無人島へながれついたとはよわった」

 と、高一はひとりごとをいいました。

 そしてなおも、あたりの海面を、しきりにみまわしていましたが、

「あっ、ボートみたいなものが二そう、こっちへこいでくるぞ」

 たしかにボートです。大ぜいの人が、ぎっしりのっているようです。

 高一は、おういと手をふりかけましたが、いや、まてまて、もし、わるいやつらの船だったらこまると思ってみあわせました。

 やがて、ボートは波うちぎわにつきました。どやどやと船からおりてくる人をうら山のかげから見ていた高一の目は、きゅうにかがやきました。

「やあ、ミドリがいる!」

 ミドリばかりではありません。

 そのそばには、あのにくいスパイ団長もいました。

 どうやら、れいの貨物船は、日本軍艦の砲弾にあたってしずんだようすです。だからわる者たちは、ボートにのってにげてきたのでしょう。

「ああ、かわいそうな妹……」

 ミドリは、兄の高一が山の上から見ているともしらず、しょんぼりとして、わる者たちに手をひかれていました。村の見世物小屋からさらわれたままのすがたです。団長は、このかわいそうなミドリを、どうしようというのでしょうか。高一はすぐにもとんでいきたいきもちでしたが、そんなことをすれば、またいっしょにつかまると思って、がまんしました。

 高一はすき腹をかかえて、夜をむかえました。わる者たちの方は、海べりにテントをはり、さかんに火をもやして、なにかうまそうなたべ物をにているようです。

 高一は、うら山からぬけだすと、そっと、テントの方へおりてゆきました。さいわい、たれにも見とがめられずに、テントに近づくことができました。

「団長、こんな足手まといの娘なんか、ひと思いにころしてしまった方がいいじゃないか」

 たれかが、おそろしいことをいっています。

「ばかをいえ。お前にはまだわからないのか。この娘をつれていって父親をせめりゃ、こんどこそは、日本軍の一番だいじにしている『地底戦車』が、どんなもので、どこにかくしてあるかをいわせることができるじゃないか」

 わる者どもの話によって高一は、お父さまが、日本軍にとって、たいへんだいじな「地底戦車」のしごとをしていることをしりました。スパイ団長は、これからお父さまをひどい目にあわせ、日本軍に大きなそんをさせようとしているのです。

 ミドリもかわいそうだが、お国のひみつをしられることは、なおさらこまったことです。

「どうしてこれを、日本軍や、お父さまにしらせたらいいだろう」

 高一は、なんとかしていいちえをひねりだしたいものと考えながら、ふと、波うちぎわを見ると、一つの大きなたるがながれついています。そばによってみれば、ふしぎや中でことこと音がしています。なにが入っているのでしょう。



   いたいた、電気鳩



 無人島にながれついた高一少年のことは、後から、おなじ島へあがってきたスパイ団長や、その手下のわる者どもに、まだしれていないようでありました。しかし、そのうちにしれてしまうことでしょう。そのときはたいへんです。きっとつかまってひどい目にあうにきまっています。

 高一が、波うちぎわで、ひとつの大きなたるを見つけたことは、まえにいいましたが、近づいて、たるのふたをすこしあけてのぞいてみると、おどろくではありませんか、なかには、見おぼえのある電気鳩がはいっていたのです。

「あっ、電気鳩だ。なぜこんなところにはいっているのだろう」

 目のぴかぴかひかる電気鳩です。人がさわれば、電気がつたわって死ぬ電気鳩です。そして、スパイ団長が船のなかで行方をさがしていたその電気鳩です。

 きっと、なにかのひょうしで、このたるのなかへまよいこんだとき、うんわるく、ふたがぱたんとしまって、でられなくなったのでしょう。

 電気鳩はどうかしたらしく、足でたつこともできず、ぱたぱたとつばさをふるわせるばかりで、元気がありません。高一は安心して、電気鳩を、たるの中から棒きれでそっとだしてみました。

「へんだなあ、あんなにあばれた鳩だったのに」

 高一は、首をかしげました。

 高一は、思いがけなく電気鳩を、とりこにしたので、たいへんうれしく思いました。しかし、このままにしておいては、いつスパイ団にとりもどされるかもしれないと思ったので、高一は、鳩をもとどおりたるのなかへいれたのち、海岸の砂はまに、大きな穴をほり、そのなかにうめてしまいました。

「こうしておけば、スパイ団にみつかるしんぱいはないだろう。さあ、こんどはかわいそうなミドリを、たすけてやらなくてはならない」

 日のくれるのをまって、高一はだいたんにも、スパイ団のテントにそろそろしのびよりました。するとテントのなかでは、団長をはじめわる者どもが、お酒をのんで、おおごえでうたったりおどったりしているところでありました。

 そのうちに、団長もよろよろとたちあがって、手をふり、足をふんで、おどりだしましたが、かたにかけている小さなかばんが、ぶらぶらするので、じゃまになって、うまくおどれません。

「いよう、団長しっかり。そんなきたないかばんなんか、おろしておどれよ。あっはっはっ」

 たれかが、ばかにしたような笑いかたをしました。団長は目をむいて、

「ばかをいえ。きたなくても、この中には、電気鳩をうごかす大事なきかいがはいっているのだぞ。どうしておろせるものか」

 電気鳩をうごかすきかい! ああ、そんなきかいがあったのか。電気鳩は、このかばんをもっているスパイ団長の手によってうごかされていたのです。高一は、テントのすきまから、目をまるくしておどろきました。

「電気鳩は、海のそこにしずんでしまったんだよ。うごかすきかいばかりのこっていても、なにも役にたたんじゃないか。あっはっはっ」

「そうだ、それもそうだな。じゃ、こんなかばんを大事にしておくんじゃなかった」

 そういって団長は、その黒いかばんをかたからはずして、テントのすみにほうりなげました。そして、すっかり身がるになって、ゆかいにおどりはじめました。

 そのとき、テントのすみから、小さい手がぬっとあらわれました。その手は、そろそろと、黒いかばんの方へちかづき、それを、じっとつかむと、するするとテントの外にひっぱりだしました。

 あやしい小さい手です。それは、いったいたれの手だったのでしょうか。



   めぐりあい



「しめしめ、電気鳩をうごかすきかいが手にはいったぞ。ようし、いまに見ておれ」

 テントの外では、高一少年が黒いかばんをぶんどって、おおにこにこでありました。

「さあ、ここで、わる者どもが酒によっぱらっているうちに、ミドリをさがすのだ」

 と、高一は勇気百倍して、ほかのテントへいってみました。

 丘のかげに、ひとつのまっくらなテントがありました。どうやら番人がいそうもないので、高一は、もっていた懐中電灯をつけてみると、中には、船からもってきた荷物がたくさんつんであります。

「おうい、ミドリちゃんはいないか」

 高一は、早口に妹の名をよんでみました。

 そのとき、つみかさねてあった荷物が、がさがさとうごきだしました。

「あっ兄ちゃん。あたしはここよ」

 帆布はんぷがまるめておいてありましたが、その中から、とつぜん、なつかしい妹ミドリのこえがしたものですから、高一は、

「おお、ミドリちゃん。よくまっていてくれたね。いまたすけてあげるよ」

 と、かけよりました。帆布をのけていると、その下にかわいそうなミドリが、手足をくくられてつながれていました。高一は、わる者どもの、にくいやりかたにはらをたてながら、つなをほどいてやりました。そして、きょうだいは、ひさしぶりに、たがいに手と手をとりあったのです。うれしさに、なみだが、あとからあとからわいてきて、きょうだいは、はじめのうちは、おたがいの顔をよく見ることができませんでした。

「ぐずぐずしていてはたいへんだ。ミドリちゃん、すぐ、にげよう」

 高一は、妹をひったてるようにして、テントの外にのがれました。そして、電気鳩を砂のなかからほりだし、それを、ゴムびきのかっぱにつつんでわきにかかえました。

「兄ちゃん、どこへにげるの」

「船にのって、すこしでも早く、この島からにげだすのだよ。海へ出れば、きっとどこかの船にであい、たすけてくれるよ」

 くらい海岸へでてしらべてみますと、ボートが二そうありました。さいわい番人もいません。高一にはなかなか動かしにくいボートでありましたが、それでも一生けんめいに海の中におろし、そのひとつにのりこみ、もう一そうは、うしろにひっぱってゆくことにしました。

 高一は「地底戦車」を発明したお父さまが、敵国からにらまれていることがしんぱいでなりません。それで、死にものぐるいで、くらい海にこぎだしました。

「兄ちゃん、もうひとつのボートはいらないのでしょう。おいてくればよかったのにねえ」

「いや、のこしておけば、わる者どもが、それにのっておっかけてくるじゃないか」

 高一は、いつもあわてないで、よく考えていました。やがて、ボートの一つは船ぞこのせんをぬいて海の中にしずめてしまいました。これで、スパイ団長をはじめわる者どもは、無人島に島ながしになって、どこへもゆけなくなったのです。やがて気がついて、さて、おどろくことでしょう。しかし、あのわる者どもが、そのまま、おとなしく島ながしになっているでしょうか。

 くらい海を、高一とミドリのボートは長いあいだただよっていました。

 やがて夜があけました。たすけの船はと思ってあたりをたえずさがしたのですが、いじわるく、船のかたちも、煙のかげも見あたりません。どうなることかと思っているうちに、その日のおひるすぎになって、二人はどうじに、ぶうんという音を耳にしました。

「あっ、飛行機だ」

 晴れわたった空を、手をかざしてさがしてみますと、あっ見えました見えました、一だいの飛行機がたかいところをとんでいます。

「おお、こっちへくるらしい」

 助けをよぼうか、どうしようか、と思っているうちに、飛行機は、ぐっと前の方をさげました。敵か味方か、どっちの飛行機でしょうか。



   はたらく電気鳩



 高一少年は、スパイ団にとりこにされた妹ミドリをすくいだして、無人島をあとに、ボートにのってにげてゆきます。ボートのなかには、高一がスパイ団からぶんどった電気鳩と、その鳩をうごかすきかいのはいったかばんとをつんでいます。これはたいへんなお手がらです。ボートをこいで、沖の方にでてゆくうち、一だいのあやしい飛行機が、二人の頭の上にあらわれて、あらあらしくさっとまいさがってきました。敵か味方かと思っているうちに、飛行機は、まっしぐらにばくだんをはなちました。ああ敵です。

「兄ちゃん、ばくだんよ。ああ、あぶない」

 ミドリは、顔をまっさおにしてさけびました。高一少年は、ボートにばくだんがあたってはなるものかと、オール(かい)を力いっぱいこいで、のがれようとつとめました。

 ど、どかあん。ぐわうん、わわわん。

 二人のきょうだいの目の前に、とつぜんものすごい水けむりがたちました。ばくだんがはれつしたのです。いいあんばいにあたりませんでした。そのかわり、ものすごい波がおこって二人のボートはひっくりかえりそうになりました。空では、敵の飛行機が、またばくげきのかまえをしました。

「あっ兄ちゃん、またばくだんをおとすわよ」

 高一はくやしさにはがみをしました。飛行機は、たしかに、スパイ団の味方なのです。

 この飛行機こそ、きょうだいがにげだしたあとで、それときづいたスパイ団が、無線電信でよびよせたものでした。きょうだいのいのちは、風のふくまえにたてた、ろうそくの火のようにあぶない!

 さあ、どうなるか。せっかく、ここまでにげのびた、いさましいきょうだいですのに。

 高一少年は、いまは、おどろいたり、かなしんだりしていられません。なんとか妹のいのちをたすけることを考えだしたいとあせっています。どうすればいいのでしょう。

「ああ、そうだ。いいことがある」

「いいことって、どんなこと」

「電気鳩をつかってみよう」

 高一少年は、すばやくきかいのかばんをかたにかけると、そのもりばんを、うごかしてみました。すると、電気鳩がつつみのなかから出てきました。

「うむ、電気鳩がうごきだした。もう電気鳩は、こっちの味方だぞ」

 電気鳩は、かばんのなかにある電気のしかけでうごくことがわかりました。外国には、こうしたきかいで、人間がひとりものっていない飛行機をとばす発明があります。それも電気の力でうごかすのです。それとおなじしかけです。

 目もり盤のまわしかたで、電気鳩はどっちへでもとびます。それがわかったので、高一は電気鳩を敵の飛行機へむけてとびかからせました。

 ぱたぱたと、つよい羽ばたきをして、電気鳩は、飛行機をおいかけました。

「電気鳩さん、しっかり」

 電気鳩は、すごいはやさでとんでいって、ついに飛行機につきあたりました。ぱっと赤い火花がちったかと思うと、たちまち飛行機はほのおにつつまれて、ついらくしました。

「ああすてきだ。ばんざあい」

「ああよかったわ。電気鳩さん、ばんざあい」

 きょうだいはボートの中で、両手をあげてさけびました。

 わる者ののった飛行機は、海中におちて、そのまま波にのまれてみえなくなりました。

 そのとき、いつのまにあらわれたか、駆逐艦が一せき、波をけたてて二人のボートをたすけにきました。駆逐艦のうしろにはためく軍艦旗をみたとき、高一とミドリは手をとりあって、うちよろこびました。日本の軍艦旗です。

 駆逐艦からはボートがおろされ、水兵さんがそれをこいで、二人の方にちかづき、大きい駆逐艦の上へたすけあげてくれました。

 電気鳩は、もちろん、高一がきかいをまわして手もとへよびよせました。



   軍艦から大陸へ



 わが海軍の駆逐艦にすくいあげられたきょうだいは、たちまち艦内の人気者になりました。

 艦長吉田中佐は、きょうだいの冒険談をきいて、そのいさましさをほめました。そして、艦隊の方へ無線電信をうって、にくいスパイ国をこれからせめてもよいかと問いあわせました。

 すると、すぐ艦隊の司令官からへんじがあって、スパイ国のせいばつよりも、「地底戦車」を発明した、きょうだいの父親が、いまわる者どもにひどい目にあっているから、二人をつれてすぐこっちへかえってくるようにと命令が出ました。

 高一とミドリは、しんぱいでもあり、またおおよろこびです。これから海軍の軍人さんたちと、父親をたすけにゆくことになったのですから。駆逐艦は北の方にむきなおると全速力をだしました。

 荒海の波をけたてて、ずいぶん、ながい間走りつづけて、駆逐艦はついに港につきました。

 高一とミドリとは、艦長におわかれをいって、大石大尉という士官につれられて上陸しました。

 上陸してみると、これは日本ではなく、朝鮮半島でありました。朝鮮半島もずっと北の方で、満州国にちかいところの、さびしい港町でありました。

「大石大尉、私たちのお父さんはどこにいるのですか」

 と、高一がたずねると、大尉は顔をくもらせて、

「それがねえ、たいへんなところなのだよ」

「たいへんなところというと──」

 父親がたいへんなところにいるときいて、高一とミドリはまっさおになりました。

 大石大尉は金庫をあけて、中から一枚の地図をとりだし、高一とミドリの前にひろげました。

 その大地図は、国ざかいふきんのくわしい図面でした。なかほどに大きな川がながれており、その川のまん中に、中の島があります。

 その中の島を大石大尉はゆびさして、

「この中の島なんだよ。あなたがたのお父さまがとりこになっているところは──」

「えっ、とりこですって」

「そうだ、敵のため、ここにつれこまれたのだ。敵はお父さまの発明した『地底戦車』のひみつをしりたくて、こんなひどいことをしたのだよ」

「なぜ、助けださないのです」

 高一はこぶしをにぎってさけびました。

「まあ、きてみてごらん」

 高一とミドリは、大石大尉にともなわれて、ざんごうへ出ました。そこから二本のつのがでたような望遠鏡で、中の島の方をそっとのぞかせてくれました。

「ああ、これはトーチカだ」

「えっトーチカ。トーチカって、あの──」

 きょうだいのおどろくのもむりではありません。鉄とコンクリートでかためたちいさい要塞ようさいで、そのちいさい穴から大砲や機関銃が、いつでもうてるように、こっちをむいているのです。せめてもなかなかおちない要塞です。

「せめてゆけないこともないが、そうすると、お父さまもころしてしまう。まったく私たちもこまっているんだ」

 大石大尉は、ざんねんそうにいいました。

 いろいろ苦労して、せっかくここまできてみれば、きょうだいの父親はトーチカの中にとらわれの身となって、こっちから鉄砲もうてないのです。高一も、がっかりしました。

 しかし、どうしてこのまま父親をみごろしにできましょう。ミドリはなくばかりです。

 それからというものは、高一はたすけだす工夫をいろいろと考えました。そして、ついに大決心をしました。

 それは三、四日のちの朝のことです。中国服すがたの高一は、川上から船にのりこみました。高一は、あのおそろしいおそろしい力の電気鳩をつれています。そのほかに、一頭のなつきやすい軍用犬をかりうけて、船にのせました。

 いよいよ決死の冒険です。高一はうまく父親を助けだせるでしょうか。



   輝く日章旗



 中の島にある敵のトーチカに、お父さまがおしこめられているときいて、高一少年は大決心をしました。妹ミドリのことは、大石大尉などによくたのんで、高一は中国人少年にすがたをかえ、あのおそろしい力のある電気鳩を、ゴムの袋にいれて腰にさげ、一頭の軍用犬をつれて、川上から船にのりました。

 さいわい、川の上には朝ぎりがもやもやとたちこめたので、うまく敵兵の目をくらまし、ぶじに中の島にこぎよせることができました。

 さあ、これからどうして、お父さまの秋山技師をたすけだすか?

 高一としては、もとより命をなげだしての大しごとです。父親が敵にとりこにされているのをみて、どうして、じっとしていられましょうか。また、日本の国をまもる「地底戦車」を発明したお父さまを、いつまでも敵にうばわれていて、それでいいものでしょうか。といって、日本の兵隊さんがせめれば、お父さまのお命があぶない──子供なればこそできるかもしれないという、今日の大冒険なのです。

「お父さまをぶじにすくいだすことができれば、ぼくは、死んでもいいんだ」

 島についた高一は、まず船のなかから、りんごのいっぱいはいったかごを上にあげました。そして、軍用犬をつれて島にとびあがりました。

 高一は、りんごのかごをかたにかけて、トーチカの方へ歩いてゆきました。

「こら、少年まて。どこへゆくんだ」

 思いがけない立木のかげから、銃剣をかまえた敵兵がとびだしました。

「……」

 高一は口をきかないで、かごのりんごをゆびさしました。そしてむしゃむしゃたべるまねをして、ほっぺたがおちるくらい、おいしいぞという顔をしてみせました。敵兵は、

「なんだ、お前は口がきけないのか。りんごを買えというのだな。なるほどうまそうなりんごだ──しかしこの小僧め、どこから来たか、ゆだんがならないぞ」

 と、つばをのみこんだり、目をむいたり。

 高一は、敵兵と仲よしにならなければいけないと思い、一番おおきいりんごをひとつとって、敵兵の手にのせてやりました。

 敵兵は、おどろいた顔をしましたが、やがて、ポケットからお金を出そうとしますので、高一は、いらないいらないとおしかえし、そして、早くたべろと手まねですすめました。

 敵兵はりんごをたべると、きげんよくなりました。そこで、高一はトーチカの方へりんごを売りにゆきたいから、つれていってくれと手まねをし、またひとつりんごをやりました。

 このよくばり敵兵はすっかりよろこんで、高一を、トーチカの方へつれてゆきました。

「おいみんな、うまいりんごを売りにきたぞ」

 そういうと、中からどやどやと敵兵があらわれました。

 りんごはうまいうえに、ねだんもたいへんやすいので大人気です。

 ところがとつぜん、高一はうしろから大きい手で、かたをつかまれました。

「こら、小僧。口がきけないふりなどをしているが、あやしいやつ、お前は日本のスパイだろう」

 高一が、ふりかえってみると、りっぱな敵の将校でした。それは、トーチカの隊長だったのです。

 高一は、わざとかなしい顔をしてあやまりましたが、隊長は、しょうちしません。そして、高一をひきずるようにして、トーチカの中の自分のへやにひっぱってゆきました。りんごはかごからおちて、そこらじゅうにごろごろところげました。

「さあ、こっちへはいれ。しらべてやる」

 高一はもうこれまでと思い、腰の袋をあけて電気鳩をだしました。そして、りんごのかごのなかにかくしてある、電気鳩をうごかすきかいをひねりました。

 電気鳩は、ものすごい羽ばたきをして、隊長の頭の上をぐるぐるまわりだしました。

「おや、へんな鳥がとびだしたぞ」

 隊長は、はらをたてて剣をぬくと、電気鳩にきりつけました。

「あっ──」

 ぴかり、といなびかりがみえたかと思うと、隊長は、その場にたおれました。電気鳩のだした電気にあたって死んでしまったのです。

 その物音に、トーチカのおくから大ぜいの敵兵があらわれ、ピストルや、剣をもって高一にむかってきました。

「さあ、こうなればだれでもむかってこい」

 高一は、せめてくる敵兵めがけて電気鳩をとびかからせ、かたっぱしからたおします。じつにものすごいいきおいです。さすがの敵兵も、手のくだしようがありません。

 高一は、ころあいをみはからって、軍用犬にひとつの大切な命令をつたえました。軍用犬は、まっていましたとばかり、トーチカのおくめがけてかけだしました。そのいいつけはなんであったでしょうか。

 高一と、敵兵とのたたかいは、つづけられましたが、電気鳩には、とてもかないません。そのうちに、犬がわんわんほえながらもどってきました。

「おお、わかったか。よしいこう。さあ、つれていっておくれ」

 高一は電気鳩をつれて、軍用犬のうしろからかけだしました。

「わん、わん、わん」

 軍用犬は、ひとつのとびらの前で、しきりにほえています。しかし、そのとびらには大きなじょうがおりていて、あけることができません。

「そうだ、これは電気鳩にたのもう」

 高一は、電気鳩を錠にぶつからせました。すると錠から、ぱちぱち火花がでたかと思うと、たちまちやけきれてしまいました。

 高一は、とびらに手をかけてひきました。とびらはすぐあきました。

「ああ、あいた」

 と、さけんで、高一は中にとびこみました。うすぐらいへやのすみに、ひげぼうぼうの日本人が手をしばられていました。

「あっ、お父さまだ」

 高一はなみだとともにかけよりました。

「おお、お前は──お前は高一か!」

 秋山技師は、よろよろとたちあがって、高一にからだをすりつけました。あまりの思いがけなさに、またあまりのうれしさに、あとはなみだばかりで言葉もでません。

「さあお父さま。すぐここをにげましょう」

「ああ高一、それはだめだよ。敵兵にみつかってころされるばかりだ」

「お父さま、大丈夫ですよ。ぼくは電気鳩をもっているんですから」

「えっ、電気鳩……」

「そうです。電気鳩さえあれば、どんな大敵がきてもだいじょうぶです。さあはやくにげましょう」

 高一が、父秋山技師をつれてトーチカを出たとき、ちょうどそこへ、大石大尉が陸戦隊をひきつれてかけつけました。大尉も決死のかくごで、中の島へせめこんできたのです。しかし、敵は電気鳩にやられてよわりきっていましたので、わけなく上陸できたそうです。

「高一君、じつにりっぱなはたらきをしたね、おめでとう。みんなでばんざいをとなえよう」

 トーチカの上に日章旗をたてると、大尉のおんどで、陸戦隊や、高一やお父さままで力いっぱい、ばんざいをさけびました。

 むこう岸にまっていたミドリが、どんなによろこんだか、申すまでもありません。

 電気鳩をうごかすふしぎなしかけは、秋山技師がしらべて、すっかりわかり、大へんめずらしいというので、いまも大切にしてあるそうです。

底本:「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」三一書房

   1989(平成元)年715日第1版第1刷発行

初出:「幼年倶楽部」大日本雄弁会講談社

   1937(昭和12)年8月~1938(昭和13)年4

※「羽ばたき!」と「海岸だ!」の二箇所のみでは、「!」は斜体となっています。

入力:tatsuki

校正:まや

2005年56日作成

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