寒山落木 卷一
正岡子規



寒山落木

明治十八年ヨリ同二十五年マデ


第一期



明治十八年 夏郷里松山ニ歸ル○嚴嶋ニ遊ビ祭禮ヲ觀ル○九月上京

仝 十九年 夏久松定靖公ニ扈從シテ日光伊香保ニ行ク○九月歸京

仝  廿年 春腸胃ヲ病ム上野ヲ散歩ス○夏歸省○九月上京

仝 廿一年 夏牛嶋月香樓ニ居ル○九月歸京常盤會寄宿舍ニ入ル

仝 廿二年 四月水戸ニ遊ブ徃復一週間○五月咯血 七月歸省九月上京不忍池畔ニ居ル後再ビ常盤會寄宿舍ニ入ル 十二月歸郷

仝 廿三年 一月上京七月歸郷 九月三井寺觀音堂前考槃亭ニ居ルコト七日直チニ上京

仝 廿四年 春房總行脚十日○六月木曾ヲ經テ歸郷 九月上京途中岡山寒懸ニ遊ブ○秋大宮ニ居ルコト十日 冬駒籠ニ居ヲ遷ス○川越地方ニ遊ブコト三日

明治廿五年 一月燈火十二ケ月ヲ作ル其後何〻十二ケ月ト稱スル者ヲ作ルコト絶エズ 春根岸ニ遷ル 夏歸省ス 九月上京 十一月家族迎ヘノタメ神戸ニ行ク京都ヲ見物シテ上京○此年夏ヨリ日本紙上ニ投稿十二月ヨリ入社


明治十八年


梅のさく門は茶屋なりよきやすみ

夕立やはちすを笠にかぶり行く

ねころんて書よむ人や春の草

小娘の團扇つかふや青すだれ

木をつみて夜の明やすき小窓かな

朝霧の中に九段のともし哉

初雪やかくれおほせぬ馬の糞


明治十九年


一重づゝ一重つゝ散れ八重櫻


明治二十年


ちる花にもつるゝ鳥の翼かな

春雨や柳の絲もまじるらん

散る花のうしろに動く風見哉

鶯や木魚にまじる寛永寺

胡蝶飛ぶ簾のうちの人もなし


【谷中にある清水うしの墓にもうでゝ】

一枝やたましひかへす梅の花


【同 學生よりあひて人の目的を投票にて定めける時】

それ〳〵に名のつく菊の芽生哉


【同 觀音堂】

むら鳥のさわぐ處や初櫻

散る梅は祗王櫻はほとけ哉


【上野】

花の雲かゝりにけりな人の山


【清水氏一周忌】

落花樹にかへれど人の行へ哉

ぬれ足で雀のあるく廊下かな

名月の出るやゆらめく花薄

けさりんと体のしまりや秋の立つ

茶の花や利休の像を床の上

甘干の枝村かけてつゞきけり

甘干にしたし浮世の人心

初汐やつなぐ處に迷ふ舟

夕立や一かたまりの雲の下

宵闇や薄に月のいづる音

親鳥のぬくめ心地や玉子酒

白梅にうすもの着せん煤拂

何もかもすみて巨燵に年暮るゝ


明治二十一年


花に行く足に二日の灸かな

山燒くや胡蝶の羽のくすぶるか

見ればたゞ水の色なる小鮎哉

梅雨晴やところ〳〵に蟻の道

すつと出て莟見ゆるや杜若

萎みたる花に花さく杜若

底見えて小魚も住まぬ清水哉

木の枝に頭陀かけてそこに晝寐哉

蚊柱や蚊遣の烟のよけ具合

夕立の來て蚊柱を崩しけり

振袖をしぼりて洗ふ硯哉

女にも生れて見たき踊哉

萩ちるや檐に掛けたる青燈籠

西日さす地藏の笠に蜻蛉哉

鹿聞て出あるく人も歸りけり

一ひらの花にあつまる目高哉

海原や何の苦もなく上る月

くらがりの天地にひゞく花火哉

青〳〵と障子にうつるはせを哉

秋の蚊や疊にそふて低く飛ぶ

哀れにも來て秋の蚊の殺さるゝ

狼の聲も聞こゆる夜寒かな

不二こえたくたびれ㒵や隅田の雁

夕榮や雁一つらの西の空

片端は山にかゝるや天の川


【いとけなき頃よりはぐゝまれし嫗のみまかり給ひしと聞くに力を失ひて】

添竹も折れて地に伏す瓜の花

聲立てぬ別れやあはれ暖鳥

一夜妻ならであはれや暖鳥

雪よりも時雨にもろし冬牡丹

白露のおきあまりてはこぼれけり


【根津のあとにて】

明家やところ〳〵に猫の戀


寒山枯木 明治己丑廿二年


高砂の松の二タ子が門の松

我庭に一本さきしすみれ哉

山の花下より見れば花の山

鳥なくや獨りたゝすむ花の奧

つくねんと大佛たつや五月雨

五月雨の晴間や屋根を直す音

つきあたる迠一いきに燕哉


【村園門巷多相似】

燕や間違へさうな家の向き

白砂のきら〳〵とする熱さ哉

蓮の葉にうまくのつたる蛙哉

屋根葺の草履であがる熱哉

燕の飛ぶや町家の藏がまへ

七夕に團扇をかさん殘暑哉

秋風はまだこえかねつ雲の峰

一日の旅おもしろや萩の原

白露や原一ぱいの星月夜

茸狩や友呼ぶこゑも秋の風

おのが荷に追はれて淋し芒賣


【琴平】

木の緑したゝる奧の宮居哉

水鳥や蘆うら枯れて夕日影

澁柹や行來のしげき道の端

柹の實やうれしさうにもなく烏

澁柹のとり殘されてあはれ也


【内藤先生等と言志會を結びし時】

澁柹もまじりてともに盆の中


【鬼女腕を奪ひ去る圖に】

凩に舞ひあがりたる落葉哉

雪の跡さては酒屋か豆腐屋か


【傾城戀飛脚〔三句〕

  芒尾花はなけれとも世を忍ふ身の】

招く手はなけれど淋し枯薄


【こゝらあたりに見なれぬ女中】

いぶかしや賤が伏家の冬牡丹


【ものいはず顏見ずと手さきへなとさはつたら】

闇の夜は鼻で探るや梅の花


【袋井】

冬枯の中に家居や村一つ


【垂井】

雪のある山も見えけり上り阪


【京都】

祗園清水冬枯もなし東山


明治二十三年(紀元二千五百五十年)


元日や一輪開く福壽艸

盆栽に梅の花あり冬こもり

白雪をつんで小舟の流れけり

胡蝶飛び風吹き胡蝶又來る

蝶ふたつ風にもつれて水の上

蝶飛ぶや山は霞に遠くなる

櫻から人にうつるや山の風

若草や草履の裏に塵もなし

垣ごしに丁子の花の匂ひかな

一枝の花おもさうや酒の醉

傘に落つる櫻の雫かな

朧とは櫻の中の柳かな

人黒し朧月夜の花あかり

月落ちて鴉鳴く也花明り

牛飼も牛も眠るや桃の花 ノ句 繋がれて牛も眠るやもゝの花


あたゝかな雨がふるなり枯葎

春の月一重の雲にかくれけり

夕月や簾に動く花の影

家根舟の提灯多し朧月


【向嶋】

土手三里花をはなれぬ月夜哉

菜の花やはつとあかるき町はつれ

家の上に雲雀鳴きけり町はづれ

半日は空にあそぶや舞雲雀

みなし子のひとりで遊ぶ雛哉

駒の尾に春の風吹く牧場哉

落したか落ちたか路の椿かな

海棠や檐に鸚鵡の宙がへり

一輪の牡丹咲きたる小庭哉

桃さくや三寸程の上り鮎


【梅見の記の後に題す】

鶯やとなりつたひに梅の花

紫の水も蜘手に杜若

瓜小屋にひとり肌ぬぐ月夜哉

稻妻にひらりと桐の一葉哉

散りやすきものから吹くや秋の風

稻妻にうち消されけり三日の月

朝顏にわれ恙なきあした哉

ほの〴〵に朝顏見るや〓(「※」は「巾へん+「厨」の「がんだれ」のかわりに「まだれ」をあてたもの」)一重

朝顏や我筆先に花も咲け

夕暮に朝顏の葉のならびけり

朝顏や氣儘に咲いておもしろき

朝顏や夢裡の美人は消えて行く

その鐘をわれに撞かせよ秋の暮

遊ぶ子のひとり歸るや秋のくれ

魂祭ふわ〳〵と來る秋の蝶

水流れ芒招くやされかうべ

月落ちて灯のあるかたや小夜砧

名月や角田川原に吾一人

名月や美人の顏の片あかり

名月やともし火白く犬黒し

湖やともし火消えて月一ツ

明月は瀬田から膳所へ流れけり


【三井寺】

我宿にはいりさう也昇る月

凩や迷ひ子探す鉦の音


明治廿四年辛卯年(紀元二千五百五十一年)


〔廿四年 春〕


うそ〳〵と蝨はひけり菴の春

元朝や虚空暗く只不二許り

のら者もあつてめでたし御代の春

猫の顏もみがきあげたり玉の春

初空や烏は黒く富士白し

紅梅は娘たのんで折らせけり

紅梅や翠簾のすき影衣の音

紅梅や垣をへだてゝ娘同士

梅さくや藁屋四五軒犬の聲

紅梅はまばら也けり窓の影

水鳥のつゝき出したる根芹哉

制札にちりかゝりけり山櫻


【植半】

八重櫻咲きけり芋に蜆汁

蓮花草我も一度は小供なり

草籠をおいて人なし春の山

兩側の竹藪長し赤椿

馬の背に手を出して見る椿哉

一むねは花にうもるや赤椿

女にも生れて見たし花菫


【行脚の笠に題す】

道づれは胡蝶をたのむ旅路哉


【回文】

松の戸や春を薫るは宿の妻

白魚や氷の中に生れけむ

神代より誰か教へて猫の戀

哥よまばやさしかるべきに猫の戀

戀猫はあらきこゑさへあはれなり

内でなけば外でもなくやうかれ猫


【古白よりある人の聟養子に行きたることをいひおこせし返しに】


【小糠三合あれはとは昔語りに殘りたれとこれは又打て變つて聟殿の權柄】

淺ましやもらふた日より猫の戀

あとさきもしらぬ心や花に鳥

二三日はちりさかりけり山さくら

花ちるや寂然として石佛

あくびした口に花ちる日永哉

ならんたる鳥居の赤し山櫻


【品川】

上總までかちわたりせん汐干潟


【市川】

落ち行けば隣のくにや揚雲雀

うつ杖のはづれて嬉しとぶ胡蝶

鶯の聲の細さよ岨五丈

うくひすや落花紛〻たり手水鉢

わらじの緒結ぶや笠にとぶ胡蝶

馬ほく〳〵吹くともなしの春の風

陽炎や南無とかいたる笠の上

菜の花の中に道あり一軒家

鶯や山をいづれば誕生寺

七浦や安房を動かす波の音

七情の外の姿や涅槃像


廿四年 夏


【田舍】

屋のむねのあやめゆるくや石の臼

水汲んだあとの濁りや杜若

花ひとつ折れて流るゝ菖蒲かな

杜若畫をうつしたる溝のさび

やさしくもあやめ咲きけり木曾の山

一日の旅路しるきや蝸牛


【蝸牛 結字 水】

雨水のしのぶつたふやかたつぶり

やすんたる日より大工の衣かへ

うたゝねの本落しけり時鳥

郭公のきの雫のほつり〳〵

目にちらり木曾の谷間ハザマの子規

ほとゝきす木曾はこの頃山つゝじ


【輕井澤】

山〻は萌黄淺黄やほとゝきす

折りもをり岐岨の旅路を五月雨


【祈晴】

はれよ〳〵五月もすぎて何の雨

こと〴〵く團扇破れし熱さ哉


【都の人を伴ふて郊外に行く】

春 君が代の苗代見せう都人

ふきかへす簾の下やはすの花


【ある人のみまかりしをいたみて】

此上にすわり給へとはすの花

のびたらで花にみじかきあふひ哉

屏の上へさきのほりけり花葵

手水鉢横にころけて苔の花


【少年の寫眞に題す】

竹の子のきほひや日〻に二三寸


【蟠松子の村莊をいづる時】

門さきにうつむきあふや百合の花

眞帆片帆どこまで行くぞ青嵐

紫陽花や壁のくづれをしぶく雨

何代の燈籠の苔か雪の下


【信州山中】

鶯や野を見下せは早苗とり

鰻まつ間をいく崩れ雲の峯

藻の花や鶺鴒の尾のすれ〳〵に

岩〻のわれめ〳〵や山つゝじ


【舟下岐蘇川】

下り舟岩に松ありつゝじあり


【蝉 文字結 頭】

腦病の頭にひゞくせみの聲

せみのなく木かげや馬頭觀世音

涼しさや行燈消えて水の音

涼しさや葉から葉へ散る蓮の露

夕立や松とりまいて五六人

思ひよらぬ木末の聲やくらべ馬

夕顏の露に裸の男かな

雨乞の中の一人やわたし守


【梦中清水といふ題を得て】

夕立の過ぎて跡なき清水哉

ラムネの栓天井をついて時鳥


明治廿四年 秋

時候 人事 天文 地理


ふつくりと七面鳥のたつや秋

鷄のゆかへ上りぬ秋のくれ

床の間の達磨にらむや秋のくれ


【達磨圖】

何と見たぬしの心ぞあきのくれ

草も木も竹も動くやけさの秋


【あるおそろしき女を】

稻妻のかほをはしるや秌のくれ

案山子ものいはゞ猶さびしいそ秋の暮

をかしうに出來てかゞしの哀也

汝かゞしそもさんか秋の第一義

送火や朦朧として佛だち

送火や灰空に舞ふ秋の風

秋もはや七日の月のたのもしき

さる程に秋とはなりぬ風の音

高黍や百姓涼む門の月

並松はまばら〳〵や三日の月


【三津いけすにて】

初汐や帆柱ならぶ垣の外

蒔繪なんぞ小窓の月に雁薄


【畑中村老松】

順禮の夢をひやすや松の露


【川の内近藤氏に宿りて】

山もとのともし火動く夜寒哉

君が代や調子のそろふ落水

婆〻いはく梟なけば秋の雨

名月や松に音ある一軒家


【留別】

これ見たか秋に追はるゝうしろ影


【音頭瀬戸】

秋風や伊豫へ流るゝ汐の音


【嚴嶋】

ゆら〳〵と廻廊浮くや秋の汐


【松山城】

松山や秋より高き天主閣


【小豆嶋寒懸】

頭上の岩をめぐるや秋の雲


【當年二十五歳】

痩せたりや二十五年の秋の風


【待戀】

待つ夜半や月は障子の三段目


【十五夜百花園をおとづれしに戸を閉ぢたれば】

名月や叩かば散らん萩の門


【龜戸天神】

秋風やはりこの龜のぶらん〳〵

秋に形あらば糸瓜に似たるべし

行燈のとゞかぬ松や三日の月

觀念の耳の底なり秋の聲

夕月のやゝふくれけり七八日

薄より萱より細し二日月

旅寐九年故郷の月ぞあり難き


【大宮驛の醫師がり行きて】

大宮に秋さびけらし醫者の顏

秋の風捨子の聲に似たる哉

日は西におしこまれけりけふの月

山の秋の雲徃來す不動尊

原中や野菊に暮れて天の川

順禮は花のうてなと歌ひけり秋の暮

児二人並んで寐たる夜寒哉

二軒家は二軒とも打つ砧哉

月の秋菊の秋それらも過ぎて暮の秋

神さびて秋さびて上野さびにけり

一つ家に泣聲まじる砧哉

狼の人くひに出る夜寒哉


【岡山後樂園 三句】

鶴一つ立つたる秋の姿哉

はつきりと垣根に近し秋の山

秋さびた石なら木なら二百年


【豐橋客舍】

次の間に唄ひ女の泣く夜長哉


【歸京】

都には何事もなし秋の風


【犬骨を得たり】

風を秋と聞く時ありて犬の骨


【常盤會寄宿舍二號室にて】

火ちら〳〵足もとはしる秋の風


【川越客舍】

砧うつ隣に寒きたひね哉

猿曳は妻も子もなし秋のくれ

猿ひきを猿のなぶるや秋のくれ

秋のくれ壁見るのでもなかりけり


【贈高濱虚子】

三日月はたゞ明月のつぼみ哉

稻妻に行きあたりたる闇夜哉

どこで引くとしらで廣がる鳴子哉


廿四年 秋 動物


秋の蚊や親にもらふた血をわけん

横窓は嵯峨の月夜や蟲の聲

浮樽や小嶋ものせて鰯引

辻君のたもとに秋の螢かな

小男鹿の通ひ路狹し萩の風

落鮎や小石〳〵に行きあたり

秋のくれ鱸を釣れば面白し

あぜ道や稻をおこせば螽飛ぶ

秋の蚊を追へどたわいもなかりけり

日にさらす人の背中や秋の蠅

鈴蟲や露をのむこと日に五升

忘れたる笠の上なり石たゝき

蜩や椎の實ひろふ日は長き

蜻蛉やりゝととまつてついと行

わびしげに臑をねぶるや秋の蠅

追ひつめた鶺鴒見えず溪の景


廿四年 秋 植物


これ程の秋を薄のおさえけり

三日月の重みをしなふすゝきかな

石上の梦をたゝくや桐一葉

見てをればつひに落ちけり桐一葉


【山姥の圖】

奧山や秋はと問へばすゝきかな

朝㒵のひるまでさいて秋の行

折れもせで凋む木槿の哀れなり

    繩

馬つなぐ綱にこかるゝ木槿かな


そよ〳〵とすゝき動くや晴るゝ霧

蜑か家のかこひもなしに蘆の花


【菊慈童圖】

九日も知らぬ野菊のさかり哉

城あとや石すえわれて蓼の花

はちわれて實をこぼしたる柘榴哉

氣車路や百里餘りを稻の花

奧山やうねりならはぬ萩のはな

萩薄秋を行脚のいのちにて

    さいてや赤しイ

葉も花になつてしまうか〓(「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる」)珠沙花


一、二を生し二、三を生す我亦香


【大宮氷川公園】

ふみこんで歸る道なし萩の原

葛花や何を尋ねてはひまわる

行く秋のふらさかりけり烏瓜

石女の鬼燈ちぎる哀れ也(嵐雪の句に 石女の雛かしつくそ哀也)



【氷川公園万松樓】

ぬれて戻る犬の背にもこぼれ萩

一句なかるべからずさりとてはこの萩の原

何の思ひ内にあればや蕃椒

まいた餌に雞もどる菊畠

武藏野に月あり芒八百里

夕日さす紅葉の中に小村哉

痩村と思ひの外の紅葉哉


【十月廿四日平塚より子安に至る道に日暮て】

稻の香や闇に一すぢ野の小道


【翌廿五日大山に上りて】

野菊折る手元に低し伊豆の嶋

一枝は荷にさしはさむ菊の花

隣からそれて落ちけり桐一葉

落葉かく子に茸の名を尋けり

順禮の木にかけて行く落穗哉


明治廿四年 冬


鐘つきはさびしがらせたあとさびし


【人之性善】

濁り井の氷に泥はなかりけり

木枯や木はみな落ちて壁の骨

小烏の鳶なぶりゐる小春哉


【(はせを忌)】

頭巾きて老とよばれん初しくれ

三日月を相手にあるく枯野哉

秋ちらほら野菊にのこる枯野哉

冬かれや田舍娘のうつくしき

夕日負ふ六部背高き枯野哉

埋火や隣の咄聞てゐる

雲助の睾丸黒き榾火哉

小春日や淺間の煙ゆれ上る

木枯やあら緒くひこむ菅の笠

順禮の笠を霰のはしりかな


【松山百穴】

神の代はかくやありけん冬籠

笹の葉のみだれ具合や雪模樣

しばらくは笹も動かず雪模樣



冬 動物


水鳥の四五羽は出たり枯尾花

枯あしの折れこむ舟や石たゝき

鴨ねるや舟に折れこむ枯尾花


千鳥なく灘は百里の吹雪哉

水鳥のすこしひろがる日なみ哉

枯あしの雪をこほすやをしのはね

鷹狩や陣笠白き人五人

耳つくや下より上へさす夕日

賈島痩せ孟郊寒し雪の梅

枯あしや名もなき川の面白き

馬の尾に折られ〳〵て枯尾花


【田舍】

わらんべの酒買ひに行く落葉哉

順禮一人風の落葉に追はれけり

笘の霜夜の間にちりし紅葉哉


明治廿五年

(廿五年)新年


【御題 旭出山】

不盡赤し筑波を見れは初日の出


【元日戀 課題】

初日の出隣のむすめお白粉未だつけず

死ぬものと誰も思はず花の春

御降の氷の上にたまりけり


【簔一枚笠一個簔は房州の雨にそほち笠は川越の風にされたるを床の間にうや〳〵しく飾りて】

簔笠を蓬莱にして草の庵

小松曳袴の泥も畫にかゝん


【義農神社】

初雞も知るや義農の米の恩

元朝や皆見覺えの紋處


【乞食】

元朝や米くれさうな家はどこ

若水や瓶の底なる去年の水

烏帽子着て幣ふる猿や花の春

遣羽子をつき〳〵よける車哉

一羽來て屋根にもなくや初烏

蓬莱の山を崩すや嫁が君

蓬莱の松にさしけり初日の出

年玉に上の字を書く試筆哉

うつかりと元日の朝の長寢哉

元日と知らぬ鼾の高さかな

君が春箒に掃ふ塵もなし

袴着て火ともす庵や花の春

烏帽子着る世ともならばや花の春


春 時候 人事


涅槃會や蚯蚓ちきれし鍬の先

かゝり凧奴は骨となつてけり

鶯の目を細うする餘寒かな

虻の影障子にうなる日永かな

鶯の根岸はなるゝ日永かな


【追善】

鳴さして鶯むせふ餘寒哉


織女アヤハトリ圖】

さゝかにの糸ひきのはす日永哉

行く春や大根の花も菜の花も

やす〳〵と青葉になりて夏近

行春や柳の糸も地について

涅槃會や何見て歸る子供達

烏帽子きた殿居姿の朧なり


【画賛】

面㒵の聲朧也春の陣

朧夜はお齒黒どぶの匂ひ哉

菎蒻ののびさうになる日永哉

長閑さや障子の穴に海見えて

猿曳も猿も見とれて傀儡師

人の世の工夫ではなし削り掛

ひよ〳〵と遠矢のゆるむ日永哉

うたゝねを針にさゝれる日永哉

永き日や菜種つたひの七曲り

駒鳥鳴くや唐人町の春の暮

死はいやぞ其きさらぎの二日灸

つく鐘を唖の見て居る彼岸哉

涅槃像胡蝶の梦もなかりけり

名をつけて鴇母にするや崩れ雛

此頃やまだのどかさもあそここゝ

此頃の夜の朧さや白き花

出代やまだ初戀のきのふけふ

水尾谷がしころちぎれし雛かな

ある時はすねて落ちけり凧

涅槃會の一夜は闇もなかりけり

涅槃像寫眞なき世こそたふとけれ

白き山青き山皆おぼろなり

出代りの英語をつかふ別れ哉

朧夜にくづれかゝるや浪かしら

のどかさや松にすわりし眞帆片帆

氣の輕き拍子也けり茶摘歌


春 天文


うぐひすの茶の木くゝるや春の雨

生壁に花ふきつける春の風

競吟 春風や井戸へはひりしつはくらめ

春雨やよその燕のぬれてくる

馬子哥の鈴鹿上るや春の雨

青柳にふりけされけり春の雪


【神田大火】

陽炎や三千軒の家のあと

須磨を出て赤石は見えず春の月

初雷や蚊帳は未だ櫃の底

牛部屋に牛のうなりや朧月


【道後】

陽炎や苔にもならぬ玉の石

春雨に白木よごるゝ宮ゐかな

陽炎や草くふ馬の鼻の穴


春 地理


【虚子去年の草稿を棄きすてたりと聞て】

春の山燒いたあとから笑ひけり

競吟 ほく〳〵とつくしのならふ燒野哉

 〃 さゝ波をおさへて春の氷哉

春の山やくやそこらに人もなし

たんほゝをちらしに青む春野哉

江戸人は上野をさして春の山

万歳の渡りしあとや水温む

一休に歌よませばや汐干狩

内海の幅狹くなる汐干哉

燒野から燒野へわたる小橋哉

海人か家の若水猶も汐はゆし


【沙嶋】

貝とりの沙嶋へつゞく汐干哉

氷解けぬ鯉の吹き出すさゝれ波

春の野に女見返る女かな

三つまたにわれて音なし春の水


春 動物


乕といふ仇名の猫ぞ戀の邪魔

のら猫も女の聲はやさしとや

こひ猫や何の思ひを忍びあし

戀猫や物干竿の丸木橋

朧夜になりてもひさし猫の戀

飼猫や思ひのたけを鳴あかし

猫のこひ巨燵をふんで忍ひけり

戀猫にふまれてすて子泣にけり

白魚かそも〳〵氷のかげなるか

蝶〳〵や順禮の子のおくれがち

白魚やそめ物洗ふすみた川

競吟 鶯や籔の隅には去年の雪

せり吟 雲雀野や花嫁鞍にしがみつく

鶯や雜木つゞきの小篠原

蝶〳〵やをさな子つまむ馬の沓

ぎやう〳〵し田螺おさへてなく蛙

鶯や籔わけ入れは乞食小屋

鶯やみあかしのこる杉の杜

鶯の影とびこむや皮文庫

壁ぬりの小手先すかすつばめ哉

鹿の角ふりむく時に落にけり

はきだめやひた〳〵水に鳴蛙

の口にせかれて鳴や夕蛙

雪院の月に蛙を聞く夜哉

(秋季)雀ともばけぬ御代なり大蛤

迷ひ行く胡蝶哀れや小松原

          なごりイ

飯蛸の手をひろげたる檐端哉

         り檐の花イ


鹿の角落てさびしき月夜哉

五ツ六ツかたまつてとぶ胡蝶哉

小川からぬれて蛙の上りけり

風に來て石臼たのむ胡蝶哉

竹藪や鶯の鳴く窓二つ

竹椽を踏みわる猫の思ひ哉

歸る雁風船玉の行方哉

うか〳〵と來て鶯を迯しけり

とろ〳〵と左官眠るや燕

すう〳〵と鳥雲に入てしまひけり

この頃の月に肥えたる白魚哉

ある時は月にころがる田螺哉

長町のかどや燕の十文字


【石手川出合渡】

若鮎の二手になりて上りけり


【松山堀端】

門しめに出て聞て居る蛙かな


【八幡】

鷹鳩になる此頃の朧かな

大佛を取て返すや燕

燕や二つにわれし尾のひねり


【乞食】

蝶ふせた五器は缺けたり面白や

燕の何聞くふりぞ電信機

牛若をたとへて見れば小鮎哉

盜人の晝寐の上や揚雲雀

濁り江の闇路をたどる白魚哉

鐵門に爪の思ひや廓の猫

子に鳴いて見せるか雉の高調子

行き〳〵てひらりと返す燕哉

さかさまに何の梦見る草の蝶

五器の飯ほとびる猫の思ひかや

鶯の筧のみほす雪解哉

白魚は雫ばかりの重さ哉


〔春 植物〕


ちりはてゝ花も地をはふ日永哉

飯章魚の花に死んだるほまれ哉

恐ろしき女も出たる花見哉

娘おす膝行車の花見かな

ふつ〳〵と彼岸櫻の莟哉

花守の烏帽子かけたる櫻哉

猿引は猿に折らする櫻哉

町はつれ櫻〳〵と子供哉

谷底に樵夫の動く櫻かな

もや〳〵とかたまる岨の櫻かな

殿方に手をひかれたる花見哉

白馬の一騎かけたり朝櫻

夜櫻や蒔繪に似たる三日の月

ちることは禿もしらず夕櫻

別莊の注進來たりはつ櫻

大かたの枯木の中や初櫻

夕くれを背戸へ見に行櫻哉

花さかり月に雨もつよもすから

夜櫻の中に火ともす小家哉

夜櫻や露ちりかゝる辻行燈

小娘のからかささすやちる櫻

山鳥の木玉すさまし花の奧

白桃の櫻にまじる青さ哉

土器に花のひツつく神酒ヲミキ

籠一ツ花を押きる夜明哉

わびしらに櫻ちるなり緋の袴

競吟 さゝ波のなりにちゝまる和布哉

せり吟 藤の芽は花さきさうになかりけり

ほうけたるつくし陽炎になりもせん

せり吟 鍋墨を靜かになてる柳かな

 〃 万歳の鼓にひらく梅の花

山吹の中に 米つくよめ御かな

      顏出す臼のおと



木蓮花鐵燈籠の黒さかな

山櫻さく手際よりちる手際

花を見ぬ人の心そ恐ろしき

傾城の息酒くさし夕櫻

山吹や折〳〵はねる水の月

上ケ土のあひにわりなし蓮花草

苗代や籾をかぶつてなく蛙

苗代や月をおさえてなく蛙

妹が門つゝじをむしる別れ哉

山吹の垣にとなりはなかりけり

さゝやかな金魚の波や山つゝし

かけはしやあぶないとこに山つゝし

  の目にはさまりし にては如何

石橋に芽のすりきれる柳かな


烏帽子着た人も見ゆるや嵯峨の花

乞食の嫁入にぎわし花の山

大木に喰ひついてさく梅の花

くひついて古木に咲や梅の花


片枝は磨鉢黒し梅の花

櫻ちる此時木魚猶はげし

紅梅や雪洞遠き長廊下

灰吹にした跡もあり落椿

一鞭に其數知れず落椿

いもうとの袂探れば椿哉


【十六日櫻】

孝行は筍よりも櫻かな


【西山山内神社】

西山の花に抱きつく涙哉


【伊豫太山寺】

菎蒻につゝじの名あれ太山寺

荒れにけり茅針まじりの市の坪


【椿神社】

賽錢のひゞきに落る椿かな


【松山】

古町より外側に古し梅の花

日うけよき水よき処初櫻


【松山】

白魚の又めぐりあふ若和布哉

梅ちらり〳〵と松の木の間哉

櫻より奧に桃さく上野哉

三日月のほのかに白し茅花の穗

此頃は井出の山吹面白し

瓦斯燈にかたよつて吹く柳哉


【山内神社】

西山に櫻一木のあるじ哉

紅梅や式部納言の話聲

花にさへぬす人の名のもの〳〵し

紅梅の一輪殘る兜かな

洋本の間にはさむ櫻かな

御白粉に白うよごれし菫かな

梅の花白きをもつてはじめとす

石炭の車ならぶや散る櫻

花の雲博覽會にかゝりけり


【上野】

黒門に丸の跡あり山さくら


【よし野】

醉ふて寐て夢に泣きけり山櫻

四斗樽を床几に花の木陰哉

井戸端の櫻ちりけり鍋の底

紅梅の可愛や雪の朝朗

花に來て花にこがるゝ夕哉

何程の事かあるべき花の雨

朝櫻駒のひづめのひや〳〵と

花ちるや人なき夜の葭簀茶屋

わびたりや小鍋にまじる雪若菜

はいつてはくゞつては出ては花の雲

家一つ花より上に見ゆるかな

しんとして露をこぼすや朝櫻

さん候いかさま花の都かな

花盛知らぬ男のいだきつく

茶屋もなく酒屋も見えず花一木

青海苔や水にさしこむ日の光


【四月十四日朝梦想】

骸骨となつて木陰の花見哉

梅若の夢をしづむる柳哉

梅正に綻びそむる紀元節

李の花に宮司の娵の端居哉

浪花津は海もうけたり梅の花

馬繋ぐ薄紅梅の戸口かな

紅梅に琴の音きほふ根岸哉


廿五年 夏 時候 人事


どんよりと青葉にひかる卯月哉

金春コンハルや三味の袋も衣かへ

女房のとかくおくれる田植哉


【灌佛】

(「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」)坤をこねて見たれは佛かな

ちりこんだ杉の落葉や心ふと

ふんどしのいろさま〳〵や夕すゝみ

松原へ雪投げつけんふし詣

大川へ田舟押し出すすゝみ哉

一つつゝ流れ行きけり涼み舟

のりあげた舟に汐まつ涼み哉

氷室守花の都へといそき候

初産の髮みだしたる暑さ哉

松の木に吹つけらるゝ火串哉

ともし見て恐ろしき夜の嵐哉

夏やせの歌かきつける團扇哉

身動きに蠅のむらたつひるね哉

傘張は傘の陰なる晝寐かな

涼み場をこじきのしめる晝ね哉

花嫁の笠きて簔きて田植哉

涼しさや又川蝉の杭うつり

夏やせを肌みせぬ妹の思ひかな

留守の家にひとり燃たる蚊遣哉

夕風に疊はひ行く蚊やり哉

涼しさや眞桑投こむ水の音


【送別】

涼しさを手と手に放つ別れ哉

すゝしさやつられた龜のそら泳き

きぬ〳〵の朝ひやつくや竹婦人

竹奴梦に七賢と遊ひけり


【布袋螢狩の圖】

螢狩袋の中の闇夜かな


【訪得知翁】

涼しさや兩手になでる雪の鬚


【歸省】

母親に夏やせかくす團扇かな

ぬけウラをぬけて川べのすゞみかな

烏帽子着て加茂の宮守涼みけり

早乙女やとる手かゝる手ひまもなき

さをとめのあやめを拔て戻りけり

早をと女に夏痩のなきたうとさよ

涼しさや闇のかたなる瀧の音


【京東山】

どこ見ても涼し神の灯佛の灯

すゝしさや笘舟笘を取はつし

一村は木の間にこもる卯月哉

虫干の塵や百年二百年

神に燈をあげて戻りの涼み哉

涼しさや客もあるじも眞裸

涼しさや音に立ちよる水車

涼しさや友よぶ蜑の磯づたひ

姫杉の眞赤に枯れしあつさ哉

松の木をぐるり〳〵と涼み哉

いさかひのくづれて門の涼み哉

梅干の雫もよわるあつさ哉

梅干や夕がほひらく屋根の上

雨乞や天にひゞけと打つ大鼓

雨乞や次第に近き雲の脚

打水やまだ夕立の足らぬ町


【鎌倉展覽會】

土用干うその鎧もならびけり

立よりて杉の皮はぐ涼み哉


【鎌倉大佛】

大佛にはらわたのなき涼しさよ


【稻村崎】

涼しさに海へなげこむ扇かな


【鎌倉宮土牢】

夏やせの御姿見ゆるくらさ哉

鎌倉は何とうたふか田植哥

涼しさに瓜ぬす人と話しけり

薄くらき奧に米つくあつさ哉

虫干や花見月見の衣の數

出陣に似たる日もあり土用干

松陰に蚤とる僧のすゞみ哉

早乙女の名を落しけり田草取

我先に穗に出て田草ぬかれけり

折々は田螺にぎりつ田草取


【邪淫戒】

早乙女の戀するひまもなかりけり


【飮酒戒】

灌佛や酒のみさうな㒵はなし

短夜は柳に足らぬつゝみ哉

一夜さは物も思ふて秋近し

朝顏の朝〳〵咲て秋近し

日ざかりに泡のわきたつ小溝哉

朝㒵のつるさき秋に屆きけり

夏痩をすなはち戀のはじめ哉

夏痩をなでつさすりつ一人哉

面白う紙帳をめぐる蚊遣哉

人形の鉾にゆらめくいさみ哉

籠枕頭の下に夜は明けぬ

蚊の口もまじりて赤き汗疣哉

川狩にふみこまれたる眞菰哉

御祓してはじめて夏のをしき哉

若殿の庖刀取て沖鱠

はね鯛を取て押えて沖鱠


【久松伯の歸京を送りまゐらせて】

波風や涼しき程に吹き申せ


【身内の老幼男女打ちつどひて】

鯛鮓や一門三十五六人

玉章を門でうけとる涼み哉

とも綱に蜑の子ならぶ游泳オヨギ

ぬれ髮を木陰にさばくおよぎ哉

藍刈や一里四方に木も見えす

藍刈るや誰が行末の紺しぼり

玉卷の芭蕉ゆるみし暑さ哉


【古白の女人形に題す】

汗かゝぬ女の肌の涼しさよ

溝川に小鮒ふまへし涼み哉

涼しさや花火ちりこむ水の音

夏やせの腮にいたし笠の紐

牛の尾の力も弱るあつさ哉

涼しさや風にさばける繩簾

おそろしや闇に亂るゝ鵜の篝

烟草のむひま旅人も來て早苗とれ

吸殼の水に音ある涼み哉

若竹や色もちあふて青簾

紫陽花に吸ひこむ松の雫哉

紫陽花にかぶせかゝるや今年竹

はら〳〵と風にはちくや鵜の篝

短夜や砂土手いそぐ小提灯

三津口を又一人行く袷哉

囚人の鎖ひきずるあつさ哉


【小栗神社】

朝夕に神きこしめす田歌かな


【永田村】

秋近き窓のながめや小富士松

涼しさや馬も海向く淡井阪

萱町や裏へまはれば青簾

蚊遣たく烟の中や垣生今津

打ちわくる水や一番二番町


【松山】

(「※」は「姉」の本字。第3水準1-85-57の木へんに代えて女へん。73-1)が織り妹が縫ふて更衣

垣ごしや隣へくばる小鰺鮓

聾の拍子はづれや田植歌

飛び下りた梦も見る也不二詣

早少女の昔をかたれ小傾城

帷子や蝙蝠傘のかいき裏

陣笠を着た人もある田植哉

涼しさや母呂にかくるゝ後影

ふんどしも白うなりけり衣がへ

白無垢の一竿すゞし土用干

油繪の遠目にくもる五月かな

灌佛やうぶ湯の桶に波もなし

甲斐の雲駿河の雲や不二詣

涼めとて床几もて來る涼み哉

袂には鼻紙もなし更衣

御祓して歸るたもとに螢かな

月の出る裏へ〳〵と鵜舟哉

さをとめの泥をおとせば足輕し

空に入る身は輕げなりふし詣


【傾城の文書くかたに】

夏痩を見せまゐらせ度候かしく


夏 天文 地理


大粒になつてはれけり五月雨

一ツ家の背に

一枝は田にはしりこむ清水哉


夕立や足たてかぬるめくら馬

梯や水にもおちず五月雨 改(梯や水より上を五月雨)


五月雨や隅田を落す筏舟

一村は卯つ木も見えす青嵐

ふしつくは都ふきこす青嵐

はたごやに蠅うつ客や五月雨 渭橋の句に たれこめて蠅うつのみそ五月雨


眞黒に茄子ひかるや夏の月

夕立の露ころげあふ蓮哉

蚤蠅の里かけぬけて夏の山

おしあふてくる萍や五月晴

夕立の押へ付けたり茶の煙

ゆふだちにはりあふ宮の太鼓哉

木曾川に信濃の入梅の濁り哉

夏の月四條五條の夜半過

鱗ちる雜魚場のあとや夏の月

荷を揚る拍子ふけたり夏の月


【高濱延齡舘ニテ】

雪の間に小富士の風の薫りけり

はらわたにひやつく木曾の清水哉

菅笠の紐ぬらしたる清水哉

夕立に簔のいきたる筏かな

       まくるイ

夕立の見る〳〵過る白帆哉


君か代や親が所望の夏氷

夕立のはづれに青し安房上總 文字結 青

旅人の名をつけて行く清水かな


【呈破蕉先生】

夏草や君わけ行けば風薫る

夏の月紙帳の皺も浪と見よ

入梅晴の朝より高し雲の峰

横道を行けば果して清水哉

五月雨は藜の色を時雨けり

わびしさや藜にかゝる夏の月

むさしのや川上遠き雲の峯

夕立や算木崩れし卜屋算

山へ來て繪嶋近し青嵐

白芥のうしろの原や青嵐

そよ〳〵と山伏ふくや青嵐

梅雨晴の風に戻りし柳哉

夕立や板屋に崩す一あらし

一筋に烟草けぶるや青嵐

なか〳〵に裸急がず夏の雨

負ふた子の一人ぬれけり夏の雨

夕立や蛇の目の傘は思ひもの

五月雨や流しに青む苔の花

夕立や干したる衣の裏表

植ゑつけて月にわたせし青田哉


【松山】

城山の浮み上るや青嵐

踏みならす橘橋や風かをる

夕立や橋の下なる笑ひ聲

梅雨晴にさはるものなし一本木

五月雨や漁婦タヽぬれて行くかゝえ帶

掬ぶ手の甲に冷えつく清水哉

五月雨は杉にかたよる上野哉

金時も熊も來てのむ清水哉

五月雨に一筋白き幟かな

長靴のたけに餘るや梅雨の泥

鼓鳴る芝山内や五月晴

夕立をもみくづしけり卜屋算

五月雨にいよ〳〵青し木曾の川

五月雨の雲やちぎれてほとゝきす

谷底に見あげて涼し雲の峰

暮れかけて又日のさすや五月雨

野の道に撫子咲きぬ雲の峰

夕立に鷺の動かぬ青田かな

雲の峰に扇をかざす野中哉

むさし野に立ち並びけり雲の峰

夕立に古井の苔の匂ひかな

梅雨晴や朝日にけぶる杉の杜


【根岸】

五月雨やけふも上野を見てくらす


【六月十九日】

五月雨に御幸を拜む晴間哉


【送別】

招く手の裏を汐風かをりけり


夏 動物


時鳥上野をもとる滊車の音

夕くれにのそ〳〵出たり蟇

ころがつて腹を見せたる鹿子哉

手の内に螢つめたき光かな

時鳥千本卒塔婆宵月夜

聞に出てぬれてもとるや閑古鳥

ちゞまれば廣き天地ぞ蝸牛


【待戀】

蚤と蚊に一夜やせたる思ひ哉

藺の花の中をぬひ〳〵螢哉

あとはかりあつて消けりなめくしり

世の中をまひ〳〵丸うまはりけり

菅笠の生國名のれほとゝきす

露となり螢となりて消にけり

浮世への筧一すぢ閑子鳥

どの村へかよふ筧そ閑子鳥


すめはすむ人もありけり閑子鳥

並松やそれからそれへ閑子鳥

垣こえて雨戸をたゝくくゐな哉


【根岸】

水鷄叩き鼠答へて夜は明ぬ

谷間や屋根飛こゆるほとゝきす

鵜の首の蛇とも見えて恐ろしき

ある時は叩きそこなふ水鷄哉

一つ家を毎晩たゝく水雞哉


【待戀】

我㒵を蚊にくはせたる思ひかな

蚊の聲の中に子の泣く伏屋哉

親の血を吸てとぶ蚊のにくさ哉

蚊の聲を分て出たり蟇

初蝉の聲ひきたらぬ夕日哉

雨の夜や浮巣めくりて鳰の啼


【破蕉先生の咄を夫人よりきゝて】

筆もつて寐たるあるじや時鳥

ある時は空を行きけり水すまし

提灯をふつて蚤とるかごや哉


【待戀】

灯ともして又夏虫をまつ夜哉


【歸郷】

故郷へ入る夜は月よほとゝきす

墓拜むヒマを籔蚊の命哉


【述懷】

水無月の虚空に涼し時鳥


【殺生戒】

蠅憎し打つ氣になればよりつかず

叩けとて水鷄にとさすいほり哉

枝川や立ち別れ鳴く行〻子

剖葦の聲の嵐や捨小舟

よしきりの聲につゝこむ小舟哉

靜かさに地をすつてとぶ螢かな

淋しさにころげて見るや蝉の殼

さかしまに殘る力や蝉のから

晝の蚊やぐつとくひ入る一思ひ

時鳥御目はさめて候か

松の木にすうと入りけり閑子鳥

しん〳〵と泉わきけり閑子鳥

ちい〳〵と絶え入る聲や練雲雀

時鳥鳴くやどこぞに晝の月

時鳥不二の雪まだ六合目

時鳥上野を戻る滊車の音

蝙蝠や又束髮のまぎれ行く


【義安寺】

山門に螢逃げこむしまり哉

杉谷や山三方にほとゝぎす

新場処や紙つきやめばなく水雞


【聖徳太子碑】

いしぶみの跡に啼けり閑子鳥


【惠原】

宵月や蝙蝠つかむ豆狸

時鳥けふは聾の婆〻一人

初松魚引さげて行く兎唇哉

なめくぢの梦見てぬぐや蛇の皮

島原や草の中なる時鳥

足六つ不足もなしに蝉の殼

此頃の牡丹の天や時鳥

此頃は居らなくなりぬ蝸牛

行列の空よこぎるや時鳥


【乞食】

ひだるさに寐られぬ夜半や鵑

燒けしぬるおのが思ひや灯取虫

見ン事に命すてけり初松魚

郭公太閤樣をぢらしけり

蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし

頬杖の鐵扇いたし時鳥

幾人の命とりけんほとゝきす

飛び〳〵に闇を縫ひけり時鳥

あはれさやらんぷを辷る灯取虫

九段阪魂祭るころの時鳥

一聲や捨子の上の時鳥

子になつて浮巣は月に流れけり

宵闇や月を吐き出す蟇の口

鰹くふ人にもあらす松魚賣

螢から螢へ風のうつりけり

吹き亂す花の中より子規

茄子にも瓜にもつかず時鳥

花も月も見しらぬ蝉のかしましき

大釜の底をはひけり蝸牛

蝙蝠や闇を尋ねていそがしき

古壁の隅に動かずはらみ蜘

孑孑の藪蚊見送る別れ哉

時鳥右の耳より左より

挑灯の次第に遠し時鳥

蚊の聲は床のあやめに群れにけり

蠅逃げて馬より牛にうつりけり

大螢ふわ〳〵として風低し

行燈の丁子よあすは初松魚


夏 植物


【美人圖】

抱起す手に紫陽花のこほれけり


【悼亡】

葉櫻とよびかへられしさくら哉

燕や白壁見えて麥の秋

葉さくらや折殘されて一茂り

卯の花に雲のはなれし夜明哉

植木屋の門口狹き牡丹哉

淀川や一すぢ引て燕子花

金箱のうなりに開く牡丹哉

たそかれや御馬先の杜若

つる〳〵と水玉のぼる早苗哉

白牡丹ある夜の月に崩れけり

竹の子にかならずや根の一くねり

板繪馬のごふんはげたり夏木立

若竹や雀たわめてつくは山

けしの花餘り坊主になり易き

卯の花にかくるゝ庵の夜明哉

初瓜やまだこびりつく花の形


【青桐虚子同寫の寫眞に題す】

思ひよる姿やあやめかきつはた

麥わらの帽子に杉の落は哉

岩陰や水にかたよる椎のはな

咲てから又撫し子のやせにけり

おしあふて又卯の花の咲きこぼれ

鼓鳴る能樂堂の若葉かな


【送別】

手ばなせは又萍の流れけり


【ある人の山路にて強盜に逢ひたるに】

卯の花に白波さわぐ山路哉

なてし子のこげて其まゝ咲にけり

撫し子を横にくはへし野馬哉

なてしこの小石ましりに咲にけり

撫子を折る旅人もなかりけり

ひる㒵に雨のあとなき砂路哉

すてられて又さく花や杜若

藻を刈るや螢はひ出る舟の端 一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉


紫陽花や花さき重り垂れ重り

押あけてあぢさいこぼす戸びら哉

あぢさいや一かたまりの露の音

滊車道にそふて咲けりけしの花

石菖に雫の白し初月夜

晝㒵の物干竿を上りけり

萍の茨の枝にかゝりけり

萍に乘てながるゝ小海老哉

萍の心まかせに流れけり

      を如何


萍に思ふことなき早瀬かな

浮草を上へ〳〵と嵐哉

うき草の月とほりこす流哉

河骨にわりなき莖の太さ哉

玉卷の葛や裏葉のちなみもまだ

河骨の横にながれて咲にけり

白蓮の中に灯ともす青さ哉

紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉

あぢさいや神の灯深き竹の奧

花の皆青梅になる若木かな

青梅の落て拾はぬあき家哉

筍やずんずとのびて藪の上

         重イ

筍はまだ根ばかりの太さかな


竹の子や隣としらぬはえ處

のせて見て團扇に重しまくわ瓜

ほき〳〵と筍ならぶすごさ哉

うれしけに犬の走るや麥の秋

麥秋や庄屋の娵の日傘

麥の秋あから〳〵と日はくれぬ

紫蘇はかり薄紫のあき家哉

冷瓜浪のかしらにほかん〳〵

なでしこにざうとこけたり竹釣瓶

井戸端に妹が撫し子あれにけり

引はれば沈む蓮のうき葉かな

夏菊や旅人やせる木曾の宿 一作 夏菊や木曾の旅人やせにけり



【關原】

誰が魂の梦をさくらん合歡の花

不破の關桑とる女こととはん 春季

苗の色美濃も尾張も一ツかな

清姫か涙の玉や蛇いちご

晝㒵の眞ツ晝中を開きけり

一本の葵や虻ののぼりおり

鎌倉は村とよばるゝ青葉かな

姫百合に〓(「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」)飯こぼす垣根かな


【賀山本氏卒業】

すゝしさイ

うるはしや竹の子竹になりおふせ


痩馬もいさむ朝日の青葉かな

夕㒵に行脚の僧をとゞめけり


【偸盜戒】

瓜盜むこともわすれて涼みけり

夕立にふりまじりたる李かな

瓜一ツだけば鳴きやむ赤子かな

心見に雀とまれや今年竹

旱さへ瓜に痩せたるふりもなし

一ツ葉の水鉢かくす茂り哉

雲の峰の麓に一人牛房引

涼しさやくるり〳〵と冷し瓜

瓜持て片手にまねく子供哉

棉の花葵に似るも哀れなり


【岡山徳島等洪水】

泥水に夕㒵の花よごれけり

一つらに藤の實なびく嵐哉

古池や蓮より外に草もなし

入相にすぼまる寺のはちす哉


【不忍池】

桃色は辨天樣のはちすかな

隱れ家に夏も藜の紅葉哉

老がはで藜の杖に殘しけり

箒木にまじりて青き藜哉

山イ

尼寺に眞白ばかりの蓮哉


咲立つて小池のせまき蓮哉

ぐるりからくろはひ上る南瓜哉

浦嶋草さくやこじきも家持て


【牛淵村にて諸友と互に別るゝ時】

茄子南瓜小道〳〵の別れ哉

茗荷よりかしこさうなり茗荷の子

藺の花の葉末にさかぬ風情哉

栗の花筧の水の細りけり

風蘭や岩をつかんでのんだ松

蓮の露ころかる度にふとりけり


【画賛】

討死の甲に匂ふあやめかな


【墨画賛】

此頃は薄墨になりぬ百日白

青天に咲きひろげゝり百日紅

白砂に熊手の波やちり松葉

花一つ〳〵風持つ牡丹哉

萍や出どこも知らず果もなし

藻の花や小川に沈む鍋のつる

卯の花や月夜となればこぼれ立つ

山百合や水迸る龍の口

夕顏 や闇吹き入れる 三日の月

   にまぶれて白し


卯の花に不二ゆりこぼす峠哉


【三阪】

旅人の歌上りゆく若葉哉

宵月や牛くひ殘す花茨

葉櫻の上野は闇となりにけり

葉柳の五本はあまる庵哉

夕顏は画にかいてさへあはれなり

夕顏や膝行車を立てさせて


【戀】

卯の花の宿とばかりもことづてん


【戀】

うつむいた恨みはやさし百合の花

窓かけや朧に匂ふ花いばら


【立花口】

絶間より人馬の通ふ若葉哉

萍の杭に一日のいのちかな

生きてゐるやうに動くや蓮の露

紫陽花に淺黄の闇は見えにけり

夕かほのやみもの凄き裸かな

白過ぎてあはれ少し蓮の花

白水の押し出す背戸や杜若

いわけなう日うらの白き胡瓜哉

凌霄や煉瓦造りの共うつり

浮草をうねりよせたるさ波哉

開いても開いてもちるけしの花

重たさを首で垂れけりゆりの花

傘はいる若葉の底の家居哉


廿五年 秋 時候 人事

    すくむや

鷄の塒に小さし秋のくれ


燈籠としらずに來たり灯取虫

ぬすんたる瓜や乞食の玉まつり

箒星障子にひかる夜寒哉

秋たつや鶉の聲の一二寸

何げなく引けと鳴子のすさましき

旅人を追かけてひく鳴子哉

稻妻にひとゆりゆれる鳴子かな

烏帽子着て送り火たくや白拍子

引けば引くものよ一日鳴子引

思ひ出し〳〵ひく鳴子哉

ひとりゆれひとり驚く鳴子かな

どこやらに稻妻はしる燈籠哉

稻妻に燈籠の火のあばきかな


家根の上にどこの哀れぞ揚燈籠

     よそイ  やイ


籔陰を誰がさげて行く燈籠哉

迎火をもやひにたくや三軒家

うつくしき燈籠の猶哀れ也

薄絹に燈籠の火の朧かな

頓入や納屋をあくれば唐辛子

文月や神祗釋教戀無常


【七夕の日布引の瀧を見て】

布引も願ひの糸の數にせむ

ぬか星や七夕の子の數しれず

よもすがら烏もさわげ星祭

梶の葉を戀のはじめや兄妹

旅人の扇置なり石の上

笹につけて扇やかさん女七夕

杉の木のによつきと高し秋の暮

日がくれて踊りに出たり生身玉

木曾さへも人は死ぬとや高燈籠

七夕の橋やくづれてなく鴉

世の中につれぬ案山子の弓矢哉

生身玉其又親も達者なり

水底の亡者やさわぐ施餓鬼舟

うつくしきものなげこむやせがき舟

施餓鬼舟向ふの岸はなかりけり

萩薄一ツになりて花火散る

花火ちる四階五階のともし哉

秋寒し蝙蝠傘は杖につく

過去帳をよみ申さんか魂迎

猿一ツ笠きて行くや秋の暮

傘持は秋ともしらす揚屋入

菅笠の紐引きしめる夜寒哉

棕櫚の葉の手をひろけたりけさの秋

送火の煙見上る子どもかな


【画賛〔二句〕】

秋さびて太雅の木にも似たる哉

秋のくれ畫にかいてさへ人もなし

松二木並んで秋の老にけり

乞食の錢よむ音の夜寒哉

乞食の親もありけり玉祭

八朔やこじきも江戸の生れにて

乞食の燒食匂ふ殘暑かな

秋のくれ見ゆる迠見るふしの山

繩簾蛇にもならず秋くれぬ

信州の下女が手打の茶そば哉

合宿の齒ぎしりひゞく夜寒哉

ふみつけた蟹の死骸やけさの秋

親もなき子もなき家の玉まつり

朝寒やちゞみあがりし衣の皺

ひらりしやらり一ツ葉ゆれてうそ寒し


【輕井澤旅亭】

鼻たれの兄とよばるゝ夜寒哉


【文科大學遠足會】

秋しらぬ旅や同行五十人

雨の夜はおくれ給はん魂迎

魂送り背戸より歸り給ひけり

一人旅一人つく〳〵夜寒哉

蚤蝨へつて浪人のうそ寒し

缺徳利字山田の案山子哉

送火の何とはなしに灰たまる

行秋や松茸の笠そりかへる

茸狩や心細くも山のおく

人の目の秋にうつるや嵐山

灯ともせば灯に力なし秋の暮

見た顏の三つ四つはあり魂祭

砧よりふしむつかしき鳴子哉

あら駒の足落ちついて秋の立つ

燈籠の朧に松の月夜かな

燈籠の竹にうつろふすごさ哉

行く秋や松にすがりし蔦紅葉

行く秋やまばらに見ゆる竹の藪

試みに案山子の口に笛入れん

嚊殿に盃さすや菊の酒

月細り細り盡して秋くれぬ

宿の菊天長節をしらせばや

攝待や乞食だきつく石手寺


【道後】

傾城の燈籠のぞくや寶嚴寺

梟や花火のあとの薄曇り

沙魚釣りの大加賀歸る月夜哉


【蛇たまり】

秋立つや芒穗に出る蛇たまり


【松山鴨川】

菊形の燒餅くふて節句哉

行く秋や壁の穴見る藪にらみ

烏來て鳥居つゝくや秋のくれ

遊女一人ふえぬ日はなし京の秋

此頃は旅らしうなる砧かな

此頃はどうやら悲し秋のくれ

袖なくてうき洋服の踊り哉

何としたわれの命そ秋の暮

辨慶の道具しらべる夜長哉

君が代は案山子に殘る弓矢哉

行く秋を奇麗にそめし紅葉哉

行く秋の闇にもならず星月夜

傾城に電話をかけん秋のくれ

魂棚や何はあれとも白ダン

烏帽子着て送火たくや白拍子

白菊の花でこさばや濁り酒

海原をちゞめよせたり鰯曳

一つづゝ波音ふくる夜寒哉

こちで引けばあちても引くや鳴子繩

八重葎そよぐと見しやけさの秋

かるく打つ砧の中のわらひ哉

行く秋の輕うなりたる木實哉

大文字をのぞいて出たり山の月

やぶ入の一日にしぼむ芙蓉哉

やぶ入や皆見覺えの木槿垣

案山子にも目鼻ありける浮世哉

乞食の葬禮見たり秋の暮

傘持のひんと立たりけさの秋

菅笠のくさりて落ちしかゞし哉

笠とれたあとはものうき案山子哉


秋 天文 地理


やせ馬の尾花恐るゝ野分哉

鯉はねたにごり沈むや秋の水

名月や彷彿としてつくは山

我宿の名月芋の露にあり

稻妻に目たゝきしたる坐頭哉

一ツ家のともしめくりて秋の風

   すれてとび

初汐につれていでけり鶴一羽


初汐の空にたゞよふきほい哉

     ひろがる


誰やらがかなしといひし月夜哉

琉球も蝦夷もはれたりけふの月

名月や田毎に月の五六十

稻妻や誰れが頭に碎け行く

稻つまや一筋白き棉ばたけ

初秋を京にて見たり三日の月

天の川淺瀬と見ゆる處もあり

伊豆までは落ちず消えけり天の河

富士川の石あらはなり初嵐

さりげなき野分の跡やふしの山

名月やどの松見ても松見ても

富士沼や小舟かちあふ初あらし

大空の眞ツたゞ中やけふの月

蜑か家や月に戸をさす清見潟

花娵の臼をころがす月夜哉

滊車道に堀り殘されて花野哉

一ひらの雲の行へや秋の山

撫し子のまた細りけり秋の風

粟の穗の折れも盡さす初嵐

秋風に目をさましけり合歡の花

いつしかに桑の葉黒し 秋の風初しくれ


朝霧の富士を尊とく見する哉

秋風や崩れたつたる雲のみね


【農科大學の別科へ入門して林學を修むる虚空子へ遣はす】

松苗に行末ちぎる月見哉


【破蕉先生のもとに伺候して席上】

宵月やふすまにならぶ影法師


【二夜つゞきて破蕉先生のもとをおとづれて俳話猶つきず】

よひ〳〵に月みちたらぬ思ひ哉

椽端や月に向いたる客あるじ

晴れ過ぎて月に哀はなかりけり

          ありイ

秋風や都にすんでなく夜哉


新田や雨はなけれと芋の露

芋の露硯の海に湛へけり

一しきり露はら〳〵の夕哉

吹きかへす萩の雨戸や露はら〳〵

稻妻の壁つき通す光りかな

稻妻は雫の落る其間かな


【長命寺】

皀莢サイカチの風にからめく月夜哉

           すゞみイ

いろ〳〵の灯ともす舟の月見哉


萩薄思ひ〳〵の野分哉

原へ出て目もあけられぬ野分哉

あれ馬のたて髮長き野分哉

吹きとつて雨さへふらぬ野分哉

から笠につられてありく野分哉

捨舟はかたよる海の野わき哉

からぐろの葉うつりするや露の玉

露の玉小牛の角をはしりけり

ほろ〳〵と露の玉ちる夕哉

つぶ〳〵と丸む力や露の玉

稻妻の消て不知火かすか也

芋の露われて半分は落にけり

白露の上に濁るや天の河

星一ツ飛んで音あり露の原

夕月に露ふりかける尾花哉

草の露こぼれてへりもせざりけり

芋の葉に月のころがる夜露哉

火葬場の灰におきけり夜の露

名月や露こしらへる芋の上

露いくつ絲瓜の尻に出あひけり

萩の露疊の上にこぼしけり

夜の露もえて音あり大文字

花火やむあとは露けき夜也けり

よもすがら露ちる土の凹みけり

            かな


白露を見事にこぼす旭哉

稻妻に露のちる間もなかりけり

白露や蕣は世に長きもの

灯のちらり〳〵通るや露の中

白露のうつくし過ぎて散にけり

仲國がすそごの袴露重し

白露やよごれて古き角やぐら

闇の空露すみのぼる光り哉

風吹て京も露けき夜也けり

白露の中にうつくし乞食小屋

露夜毎殺生石をあらひけり

佛像の眼やいれん露の玉

宵闇や露に引きずる狐の尾

色〻もなくて夜露の白さ哉

夕露に灰のつめたき野茶屋哉

 一作 掛茶屋の灰はつめたしきり〳〵す


時頼が露の袈裟ほす焚火哉

魂棚の飯に露おくゆふべ哉

すてられた扇も露の宿り哉

白露の中に泣きけり祗王祗女

猪や一ふりふるふ朝の露

月のさす帆裏に露の通りけり

大佛やかたつら〓(「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」)く朝の露

ふじは雲露にあけ行く裾野哉

白露の中に重る小鹿哉

目にさわるものなし月の隅田河

名月やうしろむいたる石佛 我黒ノ句ニ 名月に後むいたるかゝし哉


白露の中に乞食の鼾かな

十六夜の闇をこじきの焚火哉

かさの露動けは月のこぼれけり

秋風やらんふの笠も破れたり

陣笠に鶴の紋ありけふの月

笠いきて地上をはしる野分哉

秋風や京の大路の朱傘

つる〳〵と笠をすへるや露の玉

朝霧や女と見えてたびの笠


【送錬卿赴兵庫〔二句〕】

聞きにゆけ須磨の隣の秋の風

秋の雲いよ〳〵高く登りけり

露に泣き給ふ姿や市女笠

虚無僧の深あみ笠や盆の月

秋の雨兩天傘をなぶりけり

傘の端に三日月かゝる晴間哉

番傘のほつきと折れし野分哉

月蝕や笠きて出たる白拍子

傘の端のほのかに白し雨の月

光起が百鬼夜行く野分哉

松を隅に一天晴れたりけふの月


【画賛】

蛇の舌まだ赤し秋の風

塔一ツ霧より上に晴れにけり

はせを泣き蘇鐵は怒る野分哉


【李白画賛】

養老の月を李白にのませはや


【画賛】

骸骨の浮み出るや水の月

秋の雲太平洋を走りけり

ある月夜路通惟然に語るらく

乞食に妻も子もありけふの月

稻妻や乞食に明日の糧もなし

稻妻に寐返りしたる乞食哉

缺椀を叩く乞食の月見哉

獨り行膝行車や初嵐

名月や生れ落ちての薦被り


【留別】

月見んとふじに近よる一日つゝ


【留別】

名月を山でやほめん野でや見ん


【復五洲生文書後】

筆の穗のさゝけ出したり秋の風


【大磯松林舘〔四句〕】

犬つれて松原ありく月見哉

大磯の町出はなれし月見哉

名月や何やらうたふ海士か家

名月や誰やらありく浪の際

明月のうしろに高し箱根山

明月や山かけのぼる白うさぎ

明月の中に何やら踊りけり

塩汲の道〻月をこぼしけり


【盃画賛】

洗ひなは箔やはげなん秋の水


【大イソ松林舘〔四句〕】

名月やどちらを見ても松許り

待宵や夕餉の膳に松の月

月出んとして鳴りたつる海の音

待宵や出しぬかれたる月のてり


【大磯〔十三句〕】

明月を邪魔せぬ松のくねり哉

足元をすくふて行くや月の汐

明月や雄浪雌浪の打ち合せ

後しざりしながら戻る月見哉

名月や小牛のやうな沖の岩

待宵の晴れ過ぎて扨あした哉

名月や汐に追はるゝ磯傳ひ

明月やとびはなれたる星一ツ

明月の思ひきつたる光かな

明月や背中合せの松のあひ

沙濱に足くたびれる月見哉

寢ころんで椽に首出す月見哉

沙濱に打廣げけり月の汐

北窻へさゝぬばかりそけふの月

恐ろしき灘から出たりけふの月

花の都扨又月の田舍哉


【大磯蚊多し】

名月のこよひに死ぬる秋の蚊か

名月の空に江嶋の琵琶聞ん

名月やすた〳〵ありく芋畑


【大磯】

鎌倉に波のよる見ゆけふの月

網引の網引きながら月見哉

名月や松を離れて風の聲

名月や闇をはひ出る虫の聲


【十五夜雲多し〔三句〕】

色〻の形となるや雲の月

尻を出し頭を出すや雲の月

名月やもう一いきで雲の外

雲に月わざ〳〵はいるにくさ哉

名月やそりやこそ雲の大かたまり

新暦の十月五日月見哉

大磯へまで來てこよひ月もなし

名月や小磯は砂のよい處

沙濱に人のあとふむ月見哉

くらからばたゞ暗からで雲の月

名月に馬子と漁師の出合哉

いさり火や月を離れし沖の隅

松一ツ〳〵影もつ月夜哉

待宵に月見る處定めけり

名月や鶴ののつたる捨小船

名月や雌松雄松の間より


【大磯】

江の嶋は龜になれ〳〵けふの月


【夜半月晴】

明月やすつでのことで寐る處

明月や面白さうな波の音

孕句に雲のかゝりし月見哉

名月や松にわるいといふはなし

名月や鰯もうかぶ海の上

十六夜は待宵程に晴にけり


【大磯にて終日垂釣の人を見て】

秋風の一日何を釣る人そ

十六夜の山はかはるや月の道

厮から居待の月をながめけり

旅僧のもたれてあるく野分哉


【友に留守を訪はれて】

蜘の巣に蜘は留守也秋の風

樵夫二人だまつて霧を現はるゝ

秋の海名もなき嶋のあらはるゝ


【首途〔二句〕】

旅の旅又その旅の秋の風

はつきりと行先遠し秋の山

秋の雲瀧をはなれて山の上

秋風や鳥飛び盡す筑波山

明日の露にぬれたり淡路嶋

野分して牛蒡大根のうまさ哉

白露の庵の戸あけて物や思ふ

杉の木のたわみ見て居る野分哉

後家夜更けて烟草吹きつける天の川

名月や竹も光明かくや姫

稻妻のはなれて遠し電氣燈

ビール苦く葡萄酒澁し薔薇の花

初汐や松に浪こす四十島


【御幸寺山】

天狗泣き天狗笑ふや秋の風

名月や伊豫の松山一万戸


【義助墓】

稻妻の崩れたあとや夕嵐

十六夜の闇の底なり莊園寺

蛇落つる高石かけの野分哉


【吉敷川】

天の川よしきの上を流れけり

ていれぎの下葉淺黄に秋の風

名月や何をせむしの物思ひ

稻妻に目ばたきしたる坐頭哉

稻妻や何の梦見る兒の顏

傾城に歌よむはなしけふの月

八反帆野分に落すあをり哉

此頃は蓴菜かたし秋の風

名月はどこでながめん草枕

人力のほろ吹きちぎる野分哉

眞帆片帆瀬戸に重なる月夜哉

名月や人の命の五十年

西行はどこで歌よむけふの月

稻妻や誰が稽古のくさり鎌

名月にうなつきあふや稻の花

名月の道に茶碗のかげ白し

鐵橋や横すぢかひに天の川

針金に松の木起す野分哉

天の川凌雲閣にもたれけり

初汐や御茶の水橋あたりまで

親が鳴き子猿が鳴いて秋の風

子をつれて犬の出あるく月夜哉

稻妻をふるひおとすや鳴子引

名月や雄浪雌波の打ちがひ

いなつまや簔蟲のなく闇の闇

松風をはなれて高し秋の月

名月や谷の底なる話し聲

名月も心盡しの雲間哉

名月や思ふところに捨小舟

名月に白砂玉とも見ゆるかな

玉になる石もあるらんけふの月

名月や大海原は塵もなし

干網の風なまくさし浦の月

夕月や何やら跳る海の面

名月の一夜に肥ゆる鱸哉

名月や芋ぬすませる罪深し


秋 動物


啼に出てよる〳〵やせる男鹿哉

鶺鴒や三千丈の瀧の水

落鮎にはねる力はなかりけり

月の鹿尾の上〳〵に鳴きにけり

籠の虫皆啼きたつる小雨哉

虫賣や北野の聲に嵯峨の聲

虫賣りにゆられて虫の啼きにけり

虫賣の月なき方へ歸りけり

馬糞にわりなき秋のこてふ哉

蜩や一日〳〵をなきへらす

蜩に一すぢ長き夕日かな

蜩の松は月夜となりにけり

蟷螂の斧ほの〳〵と三日の月

かまきりのゆら〳〵上る芒哉

秋風や蟷螂肥て蝶細し

蟷螂は叶はぬ戀の狂亂か

蟷螂の切籠にかゝる夕かな

蟷螂や西瓜の甲かゝんとす

稻妻やかまきり何をとらんとす

かまきりの引きゆがめたる庵哉

かまきりは聲にも出さぬ思ひ哉

石塔に誰れが遺恨のかまきりぞ

斧たてゝ鎌切りにげる野分かな

かきよせて又蟷螂の草移り

鎌きりを石にふせるや桐一葉

かまきりのはひ渡る也鍋のつる

太刀魚の水きつて行く姿かな

稻妻や太刀魚はねる浪かしら

太刀魚の出刃庖丁にはてにけり

月にふしつ仰きつ鹿の姿哉

鹿二ツ尻を重ぬる月夜哉

棹鹿のなく〳〵山を登りけり

宮嶋の神殿はしる小鹿かな

門へ來てひゝと鳴きけり奈良の鹿

雌鹿雄鹿尾の上をわけてなきにけり

町へ來て紅葉ふるふや奈良の鹿

鹿の聲川一筋のあなたかな

みあかしをめぐりてなくや鹿の聲

ほつかりと月夜に黒し鹿の影

鹿一ツひよとり越を下りけり

なき〳〵て近よる聲や鹿二ツ

その角を蔦にからめてなく鹿か

小男鹿の尻聲きゆるあらし哉

さを鹿の萩のりこゆる嵐かな

爐にくべて紅葉を焚けば鹿の聲

鹿の聲月夜になれは細りけり

猪の男鹿追ひ行く野分哉

鹿笛を覺えて鹿を鳴かせばや

鳴き別れ又鳴きよるや女夫鹿

さをしかの晝なく秋と成にけり

小男鹿の一よさ聲を盡しけり

刈稻にけつまづいてや鹿のこゑ

御殿場に鹿の驚く夜滊車哉

山かけり谷かけり鹿の月に啼く

岩角にのつほり立つや月の鹿

曉や霧わけ出る鹿の角

名月や眞向に立ちし鹿の形

月澄て空に聞ゆるをしかゝな

松の根にまたがつてなく小鹿哉

行く秋をすつくと鹿の立ちにけり

旅僧も淋しと申せ鹿のこゑ

谷あひにはさまりて鳴く男鹿哉

神さびて鹿なく奈良の都哉

鹿老て猿の聲にも似たる哉

十六夜や尾上の鹿に月のさす

夕月や山の裏行く鹿の聲

鹿の聲二ツにわれる嵐かな

鹿の聲ある夜はぬれて細長し

さを鹿のにげ〳〵はねる紅葉哉

鹿の聲隣の山へかゝりけり

岩陰に鹿の落ちあふ野分哉

谷の鹿こなたになけばかなたにも

秋風にふりたて行くや鹿の角

萩に寐て月見あげたる男鹿哉

押しあふて月に遊ぶや鹿ふたつ

吹きまくる萩に男鹿のふしど哉

三日月をすくひあげたり鹿の角

奧殿に鹿のまねする夕かな

耳出して蒲團に鹿を聞く夜哉

烏帽子きた禰宜のよびけり神の鹿

奈良の鹿やせてことさら神〻し

關の戸にへだてられてや鹿の聲

物置に鹿のいねたる嵐かな

しとやかに鹿の角ゆく薄哉

里の灯を見かけてなくや闇の鹿

踏み出ては月に鳴く也萩の鹿

月の鹿思ひ〳〵の足場かな

盜みぐひしてさへ鹿の痩せにけり

背戸へ來て鍋ふみかへす男鹿哉

神殿や鏡に向ふ鹿のふり

松に身をすつて鳴けり雨の鹿

鹿の首ねぢれて細き月夜かな

月の雁蘆ちる中へ下しけり

鮎澁ていよ〳〵石に似たりけり 乙州の句に 鮎さひて石となりたる川瀬哉


宮嶋や干汐にたてる月の鹿

雁いくつ一手は月を渡りけり

掛茶屋の灰はつめたしきり〳〵す

白露の中に乞食の鼾かな

菅笠に螽わけゆく野路哉

壁の笠とれは秋の蚊あらはるゝ

笠について一里は來たり秋の蠅

捨笠をうてばだまるやきり〳〵す

蜻蛉の中ゆく旅の小笠哉

鱸さげて簔笠の人通りけり

秋の蝶長柄の傘に宿りけり

下し來る雁の中也笠いくつ

旅人の笠追へけり赤蜻蜒

笠を手にいそぐ夕や河鹿鳴ク


【如意に蜻蜒のとまりし画に】

耳なくてにげるやんまの悟り哉

下駄箱の奧になきけりきり〳〵す


【根岸草庵】

我庵や蠧にまじはる蟋蟀

蜩に思ふことなきこじき哉

   ヘソイ

乞食の腹を渡るや雁の聲


叩く尾のすりきれもせす石敲き

鶺鴒の飛び石づたひ來りけり

飛ぶさまや尾につらさるゝ石叩き

鶺鴒や岩を凹める尾の力

鶺鴒の尾にはねらるゝ蚯蚓哉

鶺鴒の糞して行くや石佛

ひよい〳〵と鶺鴒ありく岩ほ哉


【大磯松林舘】

汐風にすがれて鳴くやきり〳〵す

虫の鳴隅〳〵暗し石灯籠

蛼の蘆にとびつく襖かな

鶺鴒や欄干はしる瀬田の橋

  のイ    五條哉イ


鵙啼て秋の日和を定めけり


【大磯千疊敷】

雀ほど鶸鳴きたてゝ山淋し

情なう色のさめたり秋の蝶

澁鮎のさりとて紅葉にもならず


【三嶋社】

ぬかつけは鵯なくやどこてやら


【行脚】

我なりを見かけて鵯のなくらしき

鵯の人をよぶやら山淋し


【範頼の墓に笠をさゝげて】

鶺鴒よこの笠叩くことなかれ

神に灯をあげて戻れば鹿の聲

しづ〳〵と塒出の鷹や下いさみ

むら〳〵と雁かねたまる小池哉

澁鮎の岩關落す嵐かな


【古戰場】

螳螂も刀豆の實にくみつくか

秋の蝶動物園をたどりけり

軍艦の帆檣高し渡り鳥

蚯蚓鳴けば簔虫もなく夕哉

宮嶋に汐やふむらん月の鹿

山里に魚あり其名紅葉鮒

蜩や金箱荷ふ人の息

砂濱にとまるものなし赤蜻蛉

鵙啼くや一番高い木のさきに

鰯ひく數に加はるわらは哉

押しよせて網の底なる鰯哉


【大磯二句】

鈴虫や土手の向ふは相模灘

鵙啼くや灘をひかえた岡の松


秋 植物


羽衣やちきれてのこる松のつた

かりそめの鑵子のつるや蔦栬

高きびの中にせわしきつるべ哉

一ツ家の家根に蓼咲く山路かな

草むらにはつきりとさく野菊哉

         してイ


稻の穗に招く哀れはなかりけり

かたまるを力にさくや女郎花

刈萱の穗にあらはれぬ うらみ かな

           思ひ


淋しさをこらへて白し男郎花

足柄や花に雲おく女郎花

何もかもかれて墓場の鷄頭花

家もなき土手に木槿の籬かな

山葛にわりなき花の高さかな

桐の雨はせをの風や庵の空


【萩と葛との合畫】

萩ゆられ葛ひるかへる夕かな


【別戀】

葛の葉をふみ返したる別哉

こぼす露こぼさぬ露や萩と葛

葛の葉の花に成たる憎さかな

唐辛子一ツ二ツは青くあれ

すさましくつツ立つさまや蕃椒

秋風に枝も葉もなし曼珠沙花

ひし〳〵と立つや墓場のまん珠さけ

そのあたり似た草もなし〓(「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる)珠沙花

野ぜんちをさゝへて咲くや〓(「※」は「「曼」で「又」のかわりに「方」をあてる)珠さけ

餘の草にはなれて赤しまんじゆさけ

酒のんだ僧の後生やまんじゆ沙花

團栗や内を覗けど人もなし

竹椽を團栗はしる嵐哉

團栗もかきよせらるゝ落葉哉

椎ひろふあとに團栗哀れ也

どんぐりの落つるや土手の裏表

どんぐりのいくつ落ちてや破れ笠

どん栗や一ツころがる納屋の隅

團栗にうたれて牛の眠り哉

桐の木に雀とまりて一葉かな

桐の木に葉もなき秋の半かな

あぜ豆のつぎめは青し稻莚

高低に螽とぶなり稻むしろ

行く秋や刀豆一ツあらはるゝ

刀豆や親王樣の齒の力

すさましややもめすむ家の蕃椒

雨風にます〳〵赤し唐辛子

蓼をくふ虫はあるとや唐辛子

唐辛子辛きが上の赤さかな

一すぢに思ひつめてや蕃椒

あき家に一畝赤し唐からし

唐辛子おろかな色はなかりけり

蕃椒横むいたのはなかりけり

行秋やつられてさがる唐辛子


【待戀】

唐辛子かんで待つ夜の恨哉

いつしかにくひ習ひけり蕃椒

はらわたに通りて赤し蕃椒

兼好に歌をよません唐辛子

煙にも更にすゝけず唐からし

唐辛子赤き穗先をそろへけり

盆栽の數に入りけり蕃椒

西瓜さへ表は青し蕃椒

草子にも書きもらしけり蕃椒

蕃椒心ありける浮世かな

蕃椒やゝひんまがつて猶からし

束髮の人にくはせん唐辛子

萩薄月に重なる夕かな

月の中に一本高し女郎花

世の中を赤うばかすや唐辛子

唐辛子日に〳〵秋の恐ろしき

唐辛子殘る暑さをほのめかす

乞食の薄をつかむ寐覺哉

桐一葉笠にかぶるや石地藏

藤袴笠は何笠桔梗笠

蘇東坡の笠やつくらん竹の春

萩薄小町が笠は破れけり

はり〳〵と木の實ふる也檜木笠


【古白剃髮】

蓮の實を探つて見れば坊主哉

笠賣の笠ぬらしけり萩の露

笠一ツ動いて行くや木賊刈

笠いくつ蘆の穗つたひ廻りけり

笠塚の笠を根にしてはせを哉

笠賣とならんで出たり薄賣

歌もなし朱印さひしき西瓜哉

送火の灰の上なり桐一葉


【画賛】

からぐろの黒からず茄子の濃紫

鉢植の松にも蔦の紅葉かな

        月夜

里芋の娵入したる都かな


蕣や鉢に植ゑても同じ事

くりぬいて中へはいらん種ふくべ

蕣の地をはひわたる明家哉

種ふくべ何の力にくびれけん

萩の花思ふ通りにたわみけり

乞食小屋の留守にちりこむ柳哉

乞食のめんつうを干す木槿哉

乞食のぬる野は花と成にけり

水結 さら〳〵と水こす荻の下葉哉 千那ノ句 秋風や荻のりこえて水の音


 〃 濱荻や水氣はなれし畑の中

 〃 水門に荻をすひこむ流れ哉


【大磯へ行く途上】

堀割になれてうつむく薄哉

堀割に風のうつむく薄哉


むさし野は稻よりのぼる朝日哉

夕日さす山段〻の晩稻哉

何のかのうき名をすてゝ野菊哉

百姓の秋はうつくし葉鷄頭

朝㒵や傾城町のうら通り

かた〳〵は花そば白し曼珠沙花


【大磯千疊敷〔二句〕】

一谷は風撫であぐる薄哉

一山は風にかたよる薄哉


【同 雨にあふ〔二句〕】

雨さそふ千疊敷の薄かな

一谷は雲すみつかぬ薄かな

稻妻に朝㒵つぼむ夕かな

箱根山薄八里と申さはや

新棉の荷をこぼれ出る寒さ哉


【箱根〔二句〕】

槍立てゝ通る人なし花薄

石の上にはへぬ許りそ花薄

草鞋の緒きれてよりこむ薄哉

風一筋川一筋の薄かな

馬の尾をたばねてくゝる薄哉

末枯や覺束なくも女郎花

菅笠のそろふて動く薄哉

皮むけば青煙たつ蜜柑哉

紅葉する木立もなしに山深し


【美人に紅葉の一枝をねだられて】

薄紅葉紅にそめよと與へけり


【箱根茶店】

犬蓼の花くふ馬や茶の煙

唐秬のからでたく湯や山の宿

石原にやせて倒るゝ野菊かな

草刈の刈りそろへけり花薄

箱根路は一月早し初栬


【愚庵】

紅葉ちる和尚の留守のいろり哉

常盤木にまじりて遲き紅葉哉

ぬす人のはいつた朝や桐一葉

ぬす人の住まうたといふ銀杏哉

狩りくらす靱の底の紅葉哉

味噌色に摺鉢山の紅葉哉

秋のうら秋のおもてや葛尾花

影むすぶ雌松雄松の松露哉

誰に賣らん金なき人に菊賣らん

御陵としらで咲けり萩の花

牛小屋の留守に鹿鳴く紅葉哉

白河の關を染めけり夕紅葉

竹藪に一つる重し烏瓜

我聲の風になりけり茸狩

松茸や京は牛煮る相手にも

相生の松茸笠をまじへけり

雞頭や馬士が烟管の雁首で

醉ざめや十日の菊に烟草のむ

大小の朱鞘はいやし紅葉狩

二三枚取て重ねる紅葉哉

猿啼く夜團栗落つるしきり也

古寺や木魚うつ〳〵萩のちる

月の出て風に成たる芒かな

毒茸の下や誰が骨星が岡


【岩屋山】

縱横に蔦這ひたらぬ岩屋哉


【三津】

堀川の滿干のあとや蓼の花

秋の山瀧を殘して紅葉哉


【八股】

八方に風の道ある榎實哉

升のみの酒の雫や菊の花

稻の穗のうねりこんだり祝谷

團栗の水に落つるや終夜

をさな子の鬼灯盛るや竹の籠

月白く柹赤き夜や猿の梦

傾城は屏風の萩に旅寐哉

七草に入らぬあはれや男郎花

大名の庭に痩せたり女郎花

世や捨てんわれも其名を菊の水

うき人にすねて見せけり女郎花

一枝の紅葉そへたり妹が文

明耿〻朝日に並ぶ菊花〓(「※」は「糸へん+章」)

朝㒵は命の中のいのちかな

井のそこに沈み入りけり桐一葉

椎の實や袂の底にいつからぞ

横雲のすき間こほるゝもみち哉

朝霧の杉にかたよるもみち哉

谷深く夕日一すぢのもみち哉

一村は夕日をあびる紅葉哉

をり〳〵に鹿のかほ出す紅葉哉

どの山の紅葉か殘る馬の鞍

牛の子を追ひ〳〵はいるもみち哉

鷄の鳴く奧もありむらもみち

馬の背の大根白し夕もみち

盆程の庭の蒔繪や菊もみち

下闇に紅葉一木のゆふ日哉

いろ〳〵の紅葉の中の銀杏哉

藪蔭に夕日の足らぬもみち哉

絶壁に夕日うらてるもみち哉

岩鼻に見あげ見おろす栬哉

道二つ馬士と木こりのもみち哉

小原女の衣ふるへばもみぢ哉

背に烏帽子かけた仕丁や薄栬

傘にをり〳〵見すく栬哉

千山の紅葉一すぢの流れ哉

眞黒に釣鐘暮れるもみち哉

松明の山上り行くもみち哉

駕下りて紅葉へ二里と申す也

兩岸の紅葉に下す筏かな

紅葉やく烟は黒し土鑵子

火ともせはずんぶり暮るゝ紅葉哉

猿引の家はもみちとなりにけり

關守の徳利かくすもみち哉

夕もみち女もまじるうたひ哉

神殿の御格子おろす栬哉

廊下から手燭をうつす栬哉

煙たつ軒にふすぼるもみち哉

辨當を鹿にやつたるもみち哉

山寺に塩こぼし行く栬かな

をさな子の手に重ねたるもみち哉

尺八の手に持ちそふるもみち哉

町ありく樵夫の髮にもみち哉

おろ〳〵とのんで風呼ぶ薄哉

井戸堀や砂かぶせたる蓼の花

朝顏の日うら勝にてあはれなり

吹きかへす風の薄のそゝけ哉

竹垣や菊と野菊の裏表

早し遲し二木の桐の一葉哉

わりなしや小松をのぼる蔦紅葉

蔦の葉をつたふて松の雫哉

松二木蔦一もとのもみぢ哉


【再遊松林舘】

色かへぬ松や主は知らぬ人


明治廿五壬辰年

はじめの冬 天文


ほんのりと茶の花くもる霜夜哉

北風や芋屋の烟なびきあへず

呉竹の奧に音あるあられ哉

青竹をつたふ霰のすべり哉

一ツ葉の手柄見せけり雪の朝

雪の夜や簔の人行く遠明り

初雪や小鳥のつゝく石燈籠

初雪をふるへばみのゝ雫かな

一里きて酒屋でふるふみのゝゆき

初雪や奇麗に笹の五六枚

雪の中うたひに似たる翁哉

靜かさや雪にくれ行く淡路嶋

雪の日の隅田は青し都鳥

からかさを千鳥はしるや小夜時雨

さら〳〵と竹に音あり夜の雪

初雪や輕くふりまく茶の木原

雪折の竹に乞食のねざめ哉

白雪におされて月のぼやけ哉

うらなひの鬚にうちこむ霰哉

夜廻りの木に打ちこみし霰哉

三日月を時雨てゐるや沖の隅

吹付てはては凩の雨もなし


【乕圖】

万山の木のはの音や寒の月

凩や虚空をはしる氣車の音

     かけイ


牛若の下駄の跡あり橋の霜


【達磨三味をひく 画賛】

凩に三味も枯木の一ツ哉

朝霜を洗ひ落せし冬菜哉

凩や追手も見えすはなれ馬

新聞で見るや故郷の初しくれ

時雨るや筧をつたふ山の雲


冬雜(天文除)


【高田の馬場にすむ古白のもとを訪ふて】

日あたりや馬場のあとなる水仙花


【一月廿二日夜半ふと眼を開けば窻外月あかし扨は雨戸をや引き忘れけんと思ひて左の句を吟ず翌曉さめて考ふれば前夜の發句は半醒半梦の間に髣髴たり】

冬籠夜着の袖より窻の月

炭二俵壁にもたせて冬こもり


【破蕉先生に笑はれて】

冬こもり小ぜにをかりて笑はるゝ

鰒汁や髑髏をかざる醫者の家

骨折て四五輪さきぬ冬のうめ

茶坐敷の五尺の庭を落葉哉

籔ごしやはだか參りの鈴冴る


【不忍池】

水鳥の中にうきけり天女堂

冬枯や蛸ぶら下る煮賣茶屋

ものくはでかうもやせたか鉢敲

達磨忌や戸棚探れは生海鼠哉

出つ入つ數定まらぬ小かもかな

犬張子くづれて出たり煤拂

鉢叩頭巾をとれははげたりな

面白うたゝかば泣かん鉢叩

宵やみに紛れて出たり鉢敲

森こえて枯野に來るや旅烏

煤拂のほこりの中やふじの山


【煙草道具 画賛】

吹きならふ煙の龍や冬こもり

手の皺を引きのばし見る火鉢哉

夜著かたくからだにそはぬ寒さ哉


廿五年 終りの冬 時節


いそがしく時計の動く師走哉


【高尾山〔二句〕】

凩をぬけ出て山の小春かな

不二を背に筑波見下す小春哉

小春日や又この背戸も爺と婆

冬川の涸れて蛇籠の寒さ哉

爲朝のお宿と書し寒さ哉

病人と靜かに語る師走哉


【松山會】

行年を故郷人と酌みかはす

初冬に何の句もなき一日かな

行年を鐵道馬車に追付ぬ

返事せぬつんぼのぢゞや神無月

屋の棟に鳩のならびし小春哉

御格子に切髮かくる寒さ哉

馬糞のいきり立たる寒さ哉

鳥居より内の馬糞や神無月

馬痩せて鹿に似る頃の寒さ哉

君が代は大つごもりの月夜哉

(「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」)鮭も熊も釣らるゝ師走哉

魚棚に熊笹青き師走哉

年の尾や又くりかへすさかさ川

ありたけの日受を村の冬至哉

乞食寄る極樂道や小六月

仰向けぬ入道畠の寒さ哉

玉川に短き冬の日脚哉

年のくれ乞食の梦の長閑也

きぬ〳〵にものいひ殘す寒哉

年のくれ命ばかりの名殘哉

ぬす人のぬす人とるや年の暮

白足袋のよごれ盡せし師走哉

いそがしい中に子を産む師走哉

羽子板のうらに春來る師走哉

年の暮月の暮日のくれにけり


廿五年 終りの冬 人事 器用


鉢叩雪のふる夜をうかれけり


【茶店にて】

穗薄になでへらされし火桶哉

月花にはげた頭や古頭巾

炭竈に雀のならぶぬくみかな

古暦雜用帳にまぎれけり

きぬ〴〵に寒聲きけは哀れ也

金杉や二間ならんで冬こもり

猫老て鼠もとらず置火燵

君味噌くれ我豆やらん冬こもり

同じ名のあるじ手代や夷子講

此度は娵にぬはせじ角頭巾


【讀書燈】

古はくらしらんぷの煤拂

しぐれずに空行く風や神送

(「※」は「「韓」のへん+「礼」のつくり」)鮭の腹ひや〳〵と風の立つ

節分や親子の年の近うなる

雞もうたひ參らす神迎

達磨忌や混沌として時雨不二

湯の山や炭賣歸る宵月夜

節季候の札の辻にて分れけり

どの馬で神は歸らせたまふらん

寒聲や誰れ石投げる石手川

遠ざかり行く松風や神送り


【松山】

掛乞の大街道となりにけり

塩燒くや煤はくといふ日もなうて

老が齒や海雲すゝりて冬籠

冬籠日記に梦を書きつける


【廓】

にくらしき客に豆うつねらひ哉

此頃は聲もかれけり鉢たゝき

本陣にめして聞かばや鉢叩

つみあげて庄屋ひれふす年貢哉

道〻にこぼるゝ年のみつぎ哉

ふるまはん深草殿に玉子酒

臘八のあとにかしましくりすます

嵐雪の其角におくる紙衣哉

柊をさす頼朝の心かな

顏見せやぬす人になる顏はたれ

常闇を破る神樂の大鼓哉

榾の火に石版摺のすゝけかな

すとうぶや上からつゝく煤拂

初暦めでたくこゝに古暦

手をちゞめ足をちゝめて冬籠

貧乏は掛乞も來ぬ火燵哉

世の中を紙衣一つの輕さかな

鼻息に飛んでは輕し寶舟

手と足に蒲團引きあふ宿屋哉


廿五年 終りの冬 天文 地理


【鐵眼師によす】

凩や自在に釜のきしる音


【寄贈馬骨】

凩や京にそがひの家かまへ


【訪愚庵】

淨林の釜にむかしを時雨けり

冬の日の二見に近く通りけり

凩や夜着きて町を通る人

とりまいて人の火をたく枯野哉

馬糞も共にやかるゝ枯野哉

新宿に荷馬ならぶや夕時雨 樗堂ノ句 荷をつけてしぐるゝ馬や軒の下



【玉川】

鮎死て瀬の細りけり冬の川

冬川の涸れて蛇籠の寒さ哉 重出

吹雪くる夜を禪寺に納豆打ツ

稻かりて力無き冬の初日哉

雪の脚寶永山へかゝりけり

朝霜や藁家ばかりの村一つ

松杉や枯野の中の不動堂

色里や時雨きかぬも三年ごし

夜廻りの鐵棒はしる霰哉

十一騎面もふらぬ吹雪かな

誰かある初雪の深さ見て參れ


【乞食】

初雪の重さ加減やこもの上


【石手寺】

しくるゝや弘法死して一千年

白きもの又常盤なりふじの雪

赤煉瓦雪にならびし日比谷哉

親牛の子牛をねぶる霜夜哉

しぐるゝやともしにはねる屋根の漏

灯の青うすいて奧あり藪の雪

爪琴の下手を上手にしぐれけり

猪の 牙ふりたてる 吹雪哉

   岩ふみはづす


むつかしき姿も見えず雪の松

くれ竹の雪ひつかつき伏しにけり

内川や外川かけて夕しぐれ

興居嶋へ魚舟いそぐ吹雪哉

瀧壺の渦にはねこむ霰哉

凩にはひつくばるや土龜山

引拔た手に霜殘る大根哉

カク池の四隅に殘る氷かな

寒月に悲しすぎたり兩大師

子をかばふ鶴たちまどふ吹雪哉

浪ぎははさらに横ふくふゞき哉

初雪の瓦屋よりも藁屋哉

ふらばふれ雪に鈴鹿の關こえん

吹雪來んとして鐘冴ゆる嵐哉

關守の雪に火を燒く鈴鹿哉

かるさうに提げゆく鍋の霰哉

曙や都うもれて雪の底

熊笹の緑にのこる枯の哉


廿五年 終りの冬 生物


さゝ啼や小藪の隅にさす日影

馬糞のぬくもりにさく冬牡丹

滊車道の一すぢ長し冬木立

さゝ啼や茂草の奧の松蓮寺

さむらいは腹さへきると河豚汁

煤拂のそばまで來たり鷦鷯

蝉のから碎けたあとや歸り花

冬の梅裏手の方を咲きにけり

   側イ

馬糞の中から出たり鷦鷯


はげそめてやゝ寒げ也冬紅葉


【千嶋艦覆沒】

ものゝふの河豚にくはるゝ悲しさよ

麥蒔やたばねあげたる桑の枝

ちる紅葉ちらぬ紅葉はまだ青し

木の葉やく寺のうしろや普請小屋


【議會】

麥蒔た顏つきもせす二百人

石原に根強き冬の野菊哉

冬枯の草の家つゝく烏哉

薄とも蘆ともつかず枯れにけり

凩に尻をむけけり離れ鴛

小石にも魚にもならず海鼠哉

鮭さげて女のはしる師走哉

燒芋をくひ〳〵千鳥きく夜哉

千鳥啼く揚荷のあとの月夜哉

千鳥なく三保の松原風白し

海原に星のふる夜やむら千鳥

いそがしく鳴門を渡る千鳥哉

一村は皆船頭や磯千鳥

帆柱や二つにわれてむら千鳥 曉臺ノ句 風早し二つにわれてむら千鳥


安房へ行き相模へ歸り小夜千鳥

磯濱や犬追ひ立てるむら千鳥

文覺をとりまいて鳴く千鳥哉

こさふくや沖は鯨の汐曇り

生殘る蛙あはれや枯蓮

凩にしつかりふさぐ蠣の蓋

旅籠屋や山見る窓の釣干菜

冬椿猪首に咲くぞ面白き

冬枯やいよ〳〵松の高うなる

冬枯に枯葉も見えぬ小笹哉

天地の氣かすかに通ふ寒の梅

おろ〳〵と一夜に痩せる暖鳥

ぬく〳〵と日向かゝえて雞つむる 春季カ

明の月白ふの鷹のふみ崩す

冬枯のうしろに 高し  不二の山

        立つや


冬枯の野に學校のふらふ哉


【松枝町】

四五枚の木の葉掃き出す廓哉

東野の紅葉ちりこむ藁火哉


【松山堀ノ内】

梟や聞耳立つる三千騎

鰒釣や沖はあやしき雪模樣

鷺谷に一本淋し枯尾花


【松山】

寒梅や的場あたりは田舍めく

枯れてから何千年ぞ扶桑木

吹き入れし石燈籠の落葉哉

逃げる氣もつかでとらるゝ海鼠哉

ほろ〳〵と朝霜もゆる落葉哉

いさり火の消えて音ありむら千鳥


【少年不及大年】

年九十河豚を知らずと申けり

引きあげて一村くもる鯨哉


【祝】

とし〳〵に根も枯れはてず寒の菊

わろひれす鷹のすわりし嵐哉

繪のやうな紅葉ちる也霜の上

白鷺の泥にふみこむもみち哉

もみち葉のちる時悲し鹿の聲

谷窪に落ち重なれるもみち哉

居風呂に紅葉はねこむ筧哉

はきよせた箒に殘るもみち哉

二三枚もみち汲み出す釣瓶哉

一つかみづゝ爐にくべるもみち哉

舟流すあとに押しよるもみち哉

石壇や一つ〳〵に散もみち


【日光】

神橋は人も通らす散紅葉

藁屋根にくさりついたる栬哉

豆腐屋の豆腐の水にもみち哉

衣洗ふ脛にひつゝくもみち哉

裏表きらり〳〵とちる紅葉

梟や杉見あぐれば十日月

底本:「子規全集 第一巻 俳句 一」講談社

   1975(昭和50)年1218日第1刷発行

底本の親本:自筆本「寒山落木」国立国会図書館蔵

※【】の見出しは底本では、ポイントを下げてセンター合わせしてあります。

※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。

入力:田中敬三

校正:小林繁雄

2001年29日公開

青空文庫作成ファイル:

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